『ヨベルの年とキリストの買い戻しの御業』
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作成日時 : 2012/02/05 19:47
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2012年2月5日の「宣教」から
『ヨベルの年とキリスト
の買い戻しの御業』
聖書 レビ記
第25章23〜55節
宣教者 田中文人牧師
先週(2月5日)と今週は、レビ記25章からメッセージを聞き取っています。この章には、今から3500〜3800年前、モーセを通してイスラエルの民に告げられた、神様からの掟が記されています。それが、安息年(1〜7節)とヨベルの年(8〜55節)を守る様にということでした。(2月5日の「今週のみことば」も参照)今日は、ヨベルの年(50年目の安息年)のときの規定から「買い戻し」について聞き取りましょう。
1.土地の買い戻し
23〜38節には、イスラエルの民が、これから入って行くカナンの地に住む様になった時、何らかの事情で神様から割り当てられた自分の土地を売らなくてはならなくなった時のことが書いてあります。その時でも、手離す人は、その土地を買い戻す権利を放棄してはなりませんでした(23節)。
その権利により、土地を買い戻す方法は、三つありました。ひとつは、親類が買い戻すこと(25節)。ふたつ目は、売った本人が買い戻せるだけのお金を持つ様になった時、自分で買い戻すこと(26節)。そして三つ目が、ヨベルの年に戻してもらうこと(28節)です。
つまり、城壁で囲まれた土地とレビ人の家を除いて(29〜32節)、ヨベルの年まで待てば、また、自分の土地に戻してもらえる様な掟を神様は民に与えられたのです。なぜならば、元々土地は、人のものではなく、神様のものだからです。この掟に従うならば、ある人に富が集中することはなくなります。貧富の差を産まないためにも、神様は、ヨベルの年を定められたといえます。
2.人の買い戻し
39〜55節は、人についての規定です。同邦のイスラエルの民が、やはり、何らかの事情で身売りしなくてはならなくなったときも、その人を受け取る人は、奴隷ではなく、住み込みの雇い人としなくてはなりませんでした。そして、ヨベルの年には、家族全員、解放しなくてはなりませんでした(39〜43節)。周囲の国々から寄留している外国人等が身売りした時は、奴隷にでき、その家の財産になりました(44〜46節)。さらに、イスラエルの民が、外国人に身売りした時は、買い戻しの権利を放棄してはなりませんでした(47〜55節)。なぜならば、イスラエルの民は、神様の僕であるからです(55節)。
3.イエス・キリストによる買い戻しの御業
この「買い戻し」の掟は、救い主イエス・キリストにより、完全に実現しました。それが、いまから二千年前のキリストの十字架の御業です。人は、アダムとエバ以来、神様の言いつけに従えなくなってしまいました。これが、生まれながら、誰にでもある「罪」(的外れ)です。この罪がゆるされていないままでは、神様の子どもにしていただけません。そこで神様は、旧約時代の民には、律法を与えられました。その律法を守るならば、人は、神様の子どもにしていただけました。ですが、人が律法を守り通すこと等、出来ません。
そこで神様は、ついに、御ひとり子イエスさまをこの世に送り込まれました。そして、全く罪のないひとり子を人の身代りにされることにより、人の罪をゆるしてくださったのです。それが、キリストの十字架の御業です。これこそが、人に対する神様の「愛」です。
そこで、いまの私たちがすることは、既に開かれているこの「救いの道」を感謝して受け取ることです。イエス・キリストを「私の救い主」と信じ、気付かされている罪(神様が喜こばれないこと)を悔い改めることです。旧約聖書も含め、聖書の聖句に自分を照らすならば、何かしら、神様が「よし」とはされないことに気付かされます。例えば、Tコリント13章には、「愛の賛歌」といわれる御言葉があります。「愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。…」(Tコリント13;4〜5)。ここの「愛」に自分の名前を入れるならば、どこまで私たちは読めるでしょうか?すぐに、読めなくなることでしょう。ですが、「愛」に「イエスさま」を入れるならば、最後まで読み通せます。救い主イエス・キリストとは、その様なお方です。
キリストを信じ、罪を悔い改めるならば、誰にでも、永遠の命が約束されます。永遠の命とは、神様と、救い主をよく知ること(ヨハネ17;3)です。それは、礼拝、讃美、聖書、祈りを通して、神様、イエス様と、交わることです。
イエス・キリストをまだ信じていない方は、是非、一日も早く、信じられる様に、祈り続けましょう。そして、永遠の命の約束の中で生かされ、楽しみ、喜びましょう。「主を喜ぶことこそ、私たちの力です。」(ネヘミヤ8;10)この主の力に今週も生かされてまいりましょう。
(参考聖書箇所: ルツ3;9、マルコ10;45、ヨハネ17;3)
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