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zoom RSS 『安息への道』

<<   作成日時 : 2017/01/15 12:00   >>

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2017年1月15日主の日礼拝式メッセージ要約
聖書    ネヘミヤ記第9章1〜37節  
メッセージ 『安息への道』
メッセンジャー 田中文人牧師

 私たちは、しっかり「安息」を得ているでしょうか?「安息」とは、「心身をやすらかにし、静かに休むこと。」(三省堂 大辞林)です。そこでまず思いつくことが、体をゆったりと休めることでしょう。忙し過ぎる時は、疲れ切ってしまいますから、体力回復のためにも身体を休める必要があります。また心も休めて、「身心」の両方に安らぎを得ていくことになります。心の休息には、スポーツや趣味等、リフレッシュ出来ることが有益です。ですが、それだけで本当に「安息」が得られるでしょうか?

 1.半日礼拝した民(1〜5節):ネヘミヤ記9章には、仮庵の祭りを終えた二日後(ユダヤ歴の7月24日)にもう一度集まったときのことが書いてあります。民は、心から罪を告白して悔い改めました。そして、日中の四分の一の時間、律法の書の朗読を聞き、他の四分の一の時間は、悔い改めの祈りをしました。
 日中の四分の一の時間は、約三時間に当たります。いまの私たちは、三時間、聖書朗読をしたり聞いたり、礼拝すると聞くと、どう感じるでしょうか?今日の9章一章分(37節)でも、「長い」と感じないでしょうか?いまから二千数百年前、エルサレムの城壁の修復を終えた直後の民は、それ程御言葉に飢え渇いていたといえます。私たちもその日の聖書箇所が短く感じるくらい、「生まれたばかりの乳飲み子のように、混じりけのない霊の乳(聖書の御言葉)を慕い求め」ましょう(Tペトロ2章2節)。

 2.心から祈った民(6〜37節):民は、父なる神様が、アブラハムの時から、慈しみと哀れみをもって導き続けてくださったことを先祖の歴史を振り返りながら感謝しています。それに対して先祖たちは、神様に背いては立ち替える繰り返しであったことを告白しました。また、その同じ罪は、先祖だけのことでなく、自分たちの罪でもあることも認め悔い改めました。
 神様は私たちにも同じ様に慈しみと哀れみを注ぎ続けてくださっています。ですが、当時の民と同様、私たちもその主の愛に感謝しては背き、また立ち替える繰り返しではないでしょうか?私たちには、その様な罪を完全に赦してくださる救い主イエス・キリストによる赦しの道が差し出されています。イエスさまの十字架の血による赦しをいただくならば、誰でも、どこからでも神様との関係の回復が与えられます。人との関係にも回復の道が開かれます。そのうえ復活を信じるだけで、永遠の命の約束までいただけます。

 3.安息を得るために:本当の「安息」は、霊が神様、隣人との関係に回復が与えられるところから始まります。まずは、礼拝をライフサイクルの中心に据えましょう。礼拝が何よりの安息の時です。次に、毎日聖書につながり、神の国の原則を聞き取りましょう。今週も「あなたは正しく行動されました。」(33節)と祈りながら、主からの安息をいただき、主の栄光を現わす生活に遣わされましょう。

 (参考聖書箇所:フィリピ4章6〜7節)

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