アクセスカウンタ

<<  2017年3月のブログ記事  >>  zoom RSS

トップへ


『確実に伝わっていった福音』

2017/03/26 15:51
2017年3月26日主の日礼拝式メッセージ要約
聖書   使徒言行録(使徒の働き)第25章13〜27節 
メッセージ 『確実に伝わっていった福音』
メッセンジャー 田中文人牧師

 今日は、2016年度最後の主の日です。有明キリスト教会では、午後、この1年間の恵みを感謝し、2017年度を望み見る総会を開きます。
 教会にはいろいろな働きがありますが、すべては、救い主イエス・キリストを宣べ伝える「伝道」の業です。その視点で、今日の聖書箇所を読むと、確実にキリストの福音が世界に伝わり、広がっていったことがわかります。
 1.仕事に忠実だったフェストゥス:新しくカイサリアに着任したローマ総督フェストゥスは、前任者のフェリクスとは違い、仕事に忠実な人物でした。その一端が、挨拶に来たアグリッパ王とベルニケ夫妻がパウロに会うことを望んだとき、すぐ翌日に会う場を設けたところにも現わされています。またその会見の場で「囚人を護送するのに、その罪状を示さないのは理に合わないと、わたしには思われるからです。」(27節)と言っているところからも伺い知ることが出来ます。福音が広がっていくために神様は、この様な人物を総督に遣わされたといえます。
 2.確実に伝わったキリストの復活:ひとつは、福音の内容です。「パウロと言い争っている問題は、彼ら自身の宗教に関することと、死んでしまったイエスとかいう者のことです。このイエスが生きていると、パウロは主張しているのです。」(19節)。
 フェストゥス自身は信じていませんでしたが、パウロが伝え続けていた福音の核心=キリストの復活がユダヤ教の指導者たちとパウロとの争点であることを捕えていました。このことを通しても人々の間にキリストの復活のことが伝わることになりました。
 私たちが伝える福音も、イエス・キリストが復活された事実です。聞く人が信じても信じなくても、とにかくキリストが十字架で死なれてから三日目に死者の中から蘇られた歴史の事実を伝えましょう。
 3.確実にローマ人に伝わった福音:もうひとつは、アグリッパ王夫妻とパウロとの会見の場にローマの千人隊長等、主だった人物たちが呼ばれたことです。26章でパウロはこれらの人々にもキリストの福音を大胆に語ります。パウロはイエスさまご自身からローマでキリストを証しするヴィジョンが与えられていましたが、カイサリアにいる時から既にローマ人たちに福音を伝える機会を得ていたことになります。この様にして、キリストの福音は確実にローマに向かって伝わっていきました。
 4.フェストゥスの的外れ:上記の様にキリストの福音が伝わるために用いられたフェストゥスでしたが、パウロをどの様に扱うかという大問題を解決していくとき、大きく的を外していた点がありました。それが、エルサレムのユダヤ人たちからは話しを聞き、アグリッパ王にも相談しましたが、パウロ自身からは十分に聞かなかったところです。フィリピの看守の様に、「救われるためにはどうすべきでしょうか?(使徒16章30節)とパウロに尋ねていたならば、さらに的を射た課題の解決と救いに導かれたはずです。
 私たちが大問題に直面する時も、人々に相談する以上に神様に祈り、キリストの言葉である聖書によく聞きましょう。そこから聖霊なる神様が最前へと導いてくださいます。

(参考聖書箇所:ヨハネ20章31節、使徒1章8節、使徒16章31節、ローマ10章9〜15節、Uテモテ3章16節)
記事へトラックバック / コメント


『祈りながら愛の業による改革をしたネヘミヤ』

2017/03/19 12:00
2017年3月19日
主の日礼拝式メッセージ要約
聖書   ネヘミヤ記第13章1〜31節
メッセージ 『祈りながら愛の業による改革をしたネヘミヤ』
メッセンジャー 田中文人牧師

 キリストを信じて十字架の血による罪の赦しをいただいたときは、みな感謝と喜びで満たされています。イエスさまが復活されたことを信じて永遠の命の約束にまであずかるのですから、死にさえも解決が与えられ、完全な天を望み見ながら希望のうちに新しい人生を進み始められます。この世の基準ではなく、天国の原則=神様を第一とし、自分を愛する様に隣人を愛する生活へと生き方が変えられます。
 ところが、クリスチャン生活に慣れて来ると、次第に救われる前の、自分と生活に戻ることがあります。そのような逆戻りにならず、成長しながら天を目指す歩を続けるには、どの様にしたらよいのでしょうか?

 1.もとに戻っていたイスラエルの民:城壁の奉献礼拝も終わり、ネヘミヤは、一旦ペルシアに帰りました。その後どれくらい後かはわかりませんが、再びネヘミヤは、エルサレムにやって来ました。すると、あれ程自ら悔い改めて内側の信仰を回復していた民は、以前の生活に戻ってしまっていたのです。

 2.ネヘミヤの改革(4〜29節):1)城壁修復工事を妨害したトビヤが祭司しか入れない神殿の部屋をネヘミヤの留守中に占領していました。そこで、彼と荷物を追い出し、祭具を収め直しました。 2)十分の一の献げ物が疎かにされていたため、祭司やレビ人たちがエルサレムの外で農作業等をして生計を立てていました。そこでネヘミヤは彼らを神殿に戻し、十分の一の献げ物を貯蔵庫に収めました。3)安息日に売り買いもしないという約束も破られていました。ネヘミヤは、安息日には商売人たちを徹底的に排除しました。 4)異教徒との結婚によって生まれた子どもたちがユダの言葉を話せなくなっていましたので、ネヘミヤは厳しく責め、その子たちを異教徒と結婚させないよう誓わせました。

 3.厳しさが伴う愛:この様に見て来ると、ネヘミヤはかなり厳しい改革をしたことがわかります。この改革は、「すべての異民族から彼らを清め、祭司とレビ人に守るべき務めを定め、それぞれその任務に就かせ」た(30節)とまとめられます。ですが、ただの厳しさではなく、神様の方からユダの民を愛してくださっている、その愛による、愛に答える改革だったといえます。

 4.何より祈っていたネヘミヤ:上記の様な愛による改革が断行できたのは、ネヘミヤが神様との交わりを常に保っていたからです(14節他)。
 神様は、いまの私たちも主の方から愛してくださっています。その極みが、イエス・キリストの十字架上での死、貴い血による罪の赦しです。御ひとり子を一端死に引き渡される程の愛です。ですから、そこには厳しさが伴います。イエスさまも神殿が強盗の巣になっていたことに対しては、厳しく宮清めをされました。受難節を過ごしているこの時期、この主の愛の大きさをしっかり受け止めましょう。聖霊の助けと励ましをいただきながら、主の愛に答える一週間に遣わされましょう。

 (参考聖書箇所:民数記22〜25章、申命記23章3〜5節、Tペトロ1章15〜25節)
記事へトラックバック / コメント


『正義の訴えを貫いたパウロ』

2017/03/12 12:00
2017年3月12日主の日礼拝式メッセージ要約

聖書    使徒言行録(使徒の働き)第25章1〜12節
メッセージ  『正義の訴えを貫いたパウロ』
メッセンジャー  田中文人牧師

 1.職務に忠実だった総督フェストゥス:パウロがカイサリアで留置され二年が過ぎたとき、フェリクスに替ってフェストゥスが総督に着任しました。前任者と異なり彼は、職務を誠実に果そうとする人物でした。そのことが、着任後三日経った時、エルサレムを訪れたことにも現わされています。彼はエルサレムで、ユダヤ教の指導者たちからパウロについていろいろな訴えを聞き、エルサレムでもう一度裁判を開くことと、そのためにパウロを連れて来てほしいという要求を受けました。彼らは二年経ってもなおパウロを暗殺する陰謀を諦めていなかったのです。ですがフェストゥスは、パウロがカイサリアで監禁されていること、自分も間もなくカイサリアに戻ることを理由に、パウロについて不都合があるのであれば、有力者たちがカイサリアまで自分と一緒に来て告発するようにと話しました。このフェストゥスの忠実さも用いられ、パウロは守られたと言えます。

 2.フェストゥスによる裁判:カイサリアに帰るとフェストゥスは、さっそく翌日、裁判を開き、パウロを呼び出しました。エルサレムからやって来たユダヤ人たちは、いろいろと訴えましたが、立証することは出来ませんでした。パウロはここでも、律法に対しても、神殿に対しても、そしてローマ皇帝に対しても何も罪を犯してはいないことを弁明しました。ここまでであれば、二年前と同じように、裁判は行き詰ってしまうことになります。
 ところが、この後、事態は動きました。職務に忠実だったフェストゥスにもやはりローマの支配地域であるエルサレムのユダヤ人たちから気に入られたいという思いがありました。そこで彼はパウロにエルサレムで裁判を受けたいと思うかどうか尋ねました。

 3.正義を貫いたパウロ:この質問にパウロは、はっきりと自分はローマ皇帝の法廷で裁判を受けているのだから、…上訴する、と正義に立った意思を述べました。パウロはれっきとしたローマ市民でした。ローマ市民から皇帝の前での裁判の申し出があったとき総督は、それを実現していかなくてはなりません。フェストゥスは陪審員と相談したうえでパウロに「皇帝のもとに出頭するように」に答えました。このことによって、パウロのローマ行きが現実のものになっていったのです。

 4.タイミングを逃さないために:パウロは実にみごとに時を捕え、自分に与えられていたローマ市民の特権を用いました。そして、主から告げられていたローマへ行ってキリストを伝えるヴィジョンに大きく前進していきました。時を逃さず、特権を正しく用いることも、正義に生きることといえます。
 私たちも主から与えられているヴィジョンの実現に向かって、タイミングよく特権や賜物を用いることを願い出ましょう。そのためには、その時を祈っている必要があります。祈っているならば、主は必ず「時」を教えてくださいます。今週も正義の道を歩み通された救い主イエス・キリストに手を引かれながら、その御後に従ってまいりましょう。

 (参考聖書箇所:創世18章19節、エフェソ6章10〜20節、Uテモテ6章11〜12節)
記事へトラックバック / コメント


『大いなる喜びの城壁奉献礼拝』

2017/03/05 12:00
2017年3月5日 主の日礼拝式メッセージ要約

聖書   ネヘミヤ記第12章27〜47節 
メッセージ 『大いなる喜びの城壁奉献礼拝』
メッセンジャー 田中文人牧師

 「キリスト教会の礼拝」と聞くとき、どの様なことを思うでしょうか?厳か、静か、畏れかしこむ等、緊張感のある事柄を思い浮べるのではないでしょうか?
 今日の聖書箇所には、エルサレムの城壁修復工事を終えた民が、感謝の内に、喜びの城壁奉献礼拝をしたことが書いてあります。ここから、私たちも喜びに満ち溢れる礼拝を献げてよいことがわかります。

 1.身を清めた奉仕者たち(27〜30節):礼拝の前に、エルサレム周辺に住んでいた詠唱者(聖歌隊)の奉仕者たちが、呼び集められました。そして、身を清めて礼拝奉仕の備えをしました。奉仕者だけでなく、他の民と城壁、城門も清めました。
 私たちも喜びの礼拝を献げるためには、身を清めることが大切です。示された罪は日々悔い改め、十字架の血による赦しをいただきましょう。内側が聖霊で満たされることが、何よりの清めであり、礼拝への備えです。

 2.聖歌隊による礼拝のリード(31〜43節):詠唱者たちによって、ふたつの聖歌隊が編成されました。これら二隊は、同じ場所から出発し、一隊は反時計回りに、もう一隊は時計回りに楽器と歌で讃美しながら神殿に向け、城壁の上を歩いていきました。エズラとネヘミヤは、それぞれの聖歌隊に加わりましたが、彼らではなく、詠唱者たちが先頭に立って進みました。そして、神殿に着くと、大いなる生贄を献げ、さらに喜びに満たされた礼拝を献げました。詠唱者たちは、この礼拝のリードにも当たりました。
 私たちの礼拝も、聖歌隊が導くならば、いま以上に喜びに満たされるのではないでしょうか?有明教会にはまだ聖歌隊はありません。いつか、聖歌隊が編成され、毎週の礼拝をリードするところを望み見、祈りはじめたいものです。

 3.十分の一を喜んで献げた民(44〜47節):喜びの奉献礼拝を献げた民は、祭司たちが神殿奉仕に専念出来るよう、倉に初物の収穫物等の十分の一を持って来ました。そして、祭司たちがこれらの献げ物で養われ、奉仕することを喜びました。祭司たちも、それらの献げ物の十分の一を献げました。その他、門の警備にも民は喜んで立つようになりました。
 いまの私たちにとっても十分の一献金は、決して小さな額ではありません。本気で献げようとするならば、犠牲が伴います。ですが、一ヶ月導かれたことを感謝し、喜んで神様から与えられたものの中からお返しする思いで献げるならば、主は大きく祝福してくださいます(マルコ10章の2レプトン銅貨を献げたやもめの記事も参照)。生活の必要も神様は満たしてくださいます。そこに信頼して、大胆に献げましょう。
 今週も、喜びの礼拝からそれぞれの一週間の生活に遣わされましょう。

 (参考聖書箇所:詩編51編12節、マルコ12章41〜44節、ヨハネ4章、フィリピ4章4〜7節)
記事へトラックバック / コメント


<<  2017年3月のブログ記事  >> 

トップへ

有明キリスト教会ブログ--今週の聖書の言葉 2017年3月のブログ記事/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる