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zoom RSS 『優柔不断だったダビデ』 

<<   作成日時 : 2017/07/30 18:00   >>

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2017年7月30日主の日礼拝式メッセージ要約
聖書    サムエル記下第14章1〜33節 
メッセージ    『優柔不断だったダビデ』   
メッセンジャー   田中文人牧師

 自分の判断に、優柔不断なところはあるでしょうか?もしあるとしたら、どの様なことに対してでしょうか?人生で優柔不断だったために大失敗することがあるとすれば、それは何でしょうか?逆に、どの様な時に、優柔不断ではなく、新しい歩みの決断をする必要があるでしょうか?

 1.テコアの女性の例え話し:兄アムノンを殺害した後アブサロムは、母の故郷ゲシュルの国に逃げましたが、そのまま三年が過ぎました。このままでは事が前に進まないと思ったダビデの家臣、将軍のヨアブは、知恵のあるテコアの女性を呼び寄せます。変装して、自分の身に振りかかっている問題を解決してもらうふりをして、ダビデ王に問題の相談するよう頼みました。この女性は、「自分の二人の息子が喧嘩をし、一人がもう一人を殺してしまったが、親類がその殺した息子も命の償いのために生かしておくわけにはいかない、殺して跡継ぎも残さないようにすると言って来ている」という話しをしました。ダビデは、この話しを聞き、「お前にあれこれ言う者がいたら、わたしのもとに連れて来なさい。その者がお前を煩わすことは二度とない。」と約束しました。
 2.テコアの女性の勧め:そこでテコアのこの女性は、ようやく本題に入りました。つまり、いま自分に約束したことを王自身が行なうとするならば、亡命中のアブサロムをエルサレムに戻す様にとの勧めです。これを聞いたダビデは、ヨアブが背後で動いていることを見抜きました。その場にヨアブもいましたから、ダビデはすぐにアブサロムをエルサレムに戻してよいと命じました。しかし、自分の家に向かわせ、父ダビデ王の前に出ることは許しませんでした。
 3.切れたアブサロム:ところが、そのまま二年が過ぎました。アブサロムは、父ダビデ王の前に出られるようにヨアブに取り計らってもらおうとして、二度遣いをやりましたが、ヨアブは来ませんでした。そこでアブサロムは隣にあったヨアブの大麦畑に火をつけるよう、部下に命じました。さすがのヨアブもこの時ばかりは飛んで来ました。この様にしてヨアブの仲介により、アブサロムはようやく父の前に出る許可を得ました。ダビデ王も中東の挨拶である口づけをし、表面的には和解しました。
 4.ダビデの優柔不断さ:ダビデは、1)アブサロムをゲシュルに逃亡させたままにしておいた点で、2)エルサレムの家には戻る許可を与えたが、その後さらに2年間そのままにしておいた点で、優柔不断でした。これは、アブサロムの罪を放っておき、しっかり対応しなかったことになります。
 5.優柔不断ではいけないこと:私たちの、放っておいてはならないことが、罪です。「罪が支払う報酬は死です。」(ローマ6章23節)天国の原則から逸れていることに気付いた時は、すぐに悔い改めましょう。どの様な的外れでも、イエスさまの十字架の血による赦しが与えられ、神様は天国に喜んで迎え入れてくださいます。「神の賜物は、わたしたちの主キリスト・イエスによる永遠の命なのです。」(ローマ6章23節)

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