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有明キリスト教会ブログ--今週の聖書の言葉
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日本バプテスト連盟 有明キリスト教会 主日礼拝「宣教」要約
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『ソロモンの祈りを聞いてくださった神様』

2018/11/18 20:21
2018年11月18日 主の日礼拝メッセージ要約
聖書    列王記上9章1〜9節
メッセージ   『ソロモンの祈りを聞いてくださった神様』
メッセンジャー  田中文人牧師

 1.ソロモンの祈りに答えてくださるために現われた神様:神殿奉献の祈りを終えたソロモンに神様は、再び現われてくださいました(1回目は、ソロモンが王に即位した時です[列王上3章参照])。彼の祈りは、「夜も昼もこの神殿に、この所に御目を注いでください。…この所に向かって僕がささげる祈りを聞き届けてください。」です(列王上8章29節)。
 2.神様の答え:1)神殿は聖別される所=神殿はやはりただの建物ではありません。神様によってこの世から聖別された所です。
 2)御名が置かれる所=聖別されるだけでなく、神様がご臨在され、愛といつくしみあわれみで満ちている場所、そこが神殿です。
 3)ソロモンの王座の存続=父ダビデに約束された通り、ソロモンの王座も祝福されます。(Uサムエル7章14節参照)。ですが、それは、ソロモンがダビデのように律法に従って主の道に歩むならば、です(5節)。
 4)主の道に歩まないときの警告と預言=もしも律法に従わず偶像を拝むようになるならば、主を知らない外国から攻められ、捕え移され、それらの国民から嘲られてしまいます。残念ながらこの後のイスラエルの歴史は、この預言通りに進んでしまいました。
 3.キリスト教会も主の御名とあわれみで満ちているところ:いまのキリスト教会の礼拝にも神様はご臨在しておられます。御名が置かれ、あわれみで満たしてくださっています。私たちは、このことをどれだけ意識し、感謝しながら、毎回教会に体を運んで礼拝しているでしょうか?自分の罪がイエスさまの十字架の血によって赦されたことを感謝する時、神様が喜ばれる心からの礼拝に導かれます。御名を讃美し、いつくしみとあわれみに感謝する思いに満たされます。示されている罪はすぐに認め、主の前に告白しましょう。どの様な罪(的外れ)でも、イエスさまは全部買い戻してくださいます。
 4.御言葉をそのまま実行すること:4節の「…あなたに命じたことをことごとく行い」の「行ない」は、新改訳聖書(3版)では、「そのまま実行する」と訳されています。示された聖句をそのままやってみるところに、神様の祝福があります。イエスさまの弟子のペテロたちは、夜通しガリラヤ湖で漁をしても何も取れなかった時、「沖に漕ぎ出して網を降ろし、漁をしなさい」とイエスさまから言われました。ペテロたちは、この御言葉に従って実際に網を下してみました。すると船が沈む程の大漁が与えられました。(ルカ5章参照)
 御言葉を「そのまま」といっても、ある聖句を「文字通り」ということばかりではありません。その聖句が含まれている最低1段落の中でどの様な意味で告げられているのかをよくよく聞き取る必要があります。そのうえで、その意味に従って日常生活の中でやってみることです。今週も御言葉をやってみる一週間に遣わされましょう。そして、その感謝と喜びを次回の礼拝で分かち合いましょう。主は生きて働いておられます。
 (参考聖書箇所:Uサムエル7章14節、詩編51編17節、〃119編169節、ローマ3章10節)
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『心晴れやかに帰っていったイスラエルの民』

2018/11/18 20:20
2018年11月11日主の日礼拝メッセージ要約
聖書    列王記上8章54〜66節  
メッセージ   『心晴れやかに帰っていったイスラエルの民』   
メッセンジャー  田中文人牧師

 ソロモン王とイスラエルの民は、神殿奉献式を7日間、仮庵の祭(収穫感謝)を7日間、計14日間行ないました。その最後にソロモンは民の祝福を願う祈りを献げ、民もソロモンを祝福しました。それから民は心晴れやかにそれぞれの家に帰っていきました(66節)。
 キリスト信仰者は、イエス・キリストが歴史の事実復活されたことを記念して、週のはじめの日(日曜日)に毎週礼拝を献げています。私たちもソロモンの時代のイスラエルの民のように、「心晴れやかに」礼拝から一週間の生活に遣わされているでしょうか?
 1.約束を確実に守られる神様への祈り:ソロモンは、イスラエルの民をエジプトから導き出し、安住の地(カナン)まで導いてくださった神様に祈りました。その神様は、約束を確実に果してくださるお方です。この神様のご性質をわきまえ、ソロモンは、生きて働いておられる主にイスラエルの民の祝福を祈りました。
 2.祈りの内容:1)先祖と同じように、ソロモンの時代の民とも神様が共にいてくださるように、そして見離されないように(57節)。これは、神様が民から離れないようにというよりも、民の方が神様を忘れないようにというとりなしの祈りです。
 2)民が先祖にお授けになった戒めと掟と法を守るように(58節)
 3)生活の必要すべても満たされるように(59節)
 3.何のための祈り:イスラエルの民に上記2.の祝福が与えられることにより、「地上のすべての民が、主こそ神であって、ほかに神のないことを知るように。」(60節)です。いまから約3千年前にソロモンが、世界伝道の祈りを献げていたことが分かります。
 いまの私たちも生活の必要、病の癒し等何でも祈ります。神様は全部聞いておられ、御心に適う内容であれば、実現してくださいます。ですが、それは私たちの願いが叶えられ、必要が満たされることに留まりません。祈った本人はもちろんのこと、その御業を通してすべての人々が生きて働いておられる神様の存在を知り、その主を礼拝するためです。
 4.心晴れやかに礼拝から遣わされるために:1)祝福の祈り=世界伝道の視点にまで及ぶ祝福の祈りを受けたので、民は心晴れやかにそれぞれの家に帰っていきました。
 2)犠牲を払って差し出した献げもの=ソロモンと民は、牛二万二千頭、羊十二万匹を主に献げて礼拝しました。これらは、一般の民が飼っていた中からの献げものでした。そこには大きな犠牲が伴ったはずです。私たちも神様と約束した分を、犠牲を払うことになったとしても献げるならば、大きな喜びに満たされます。日常の必要も主は備えていてくださいます。
 3)和解の食事 = イエスさまはこの献げものも十字架の上で実現してくださいました(エフェソ2章14節)。主の晩餐に共にあずかることが、いまの私たちにとっては和解の献げものを共に食することになると言えます。イエスさまの十字架の血による罪の赦しを受けていなければ、主の食卓にあずかる意味はありません。ひとりでも多くの兄姉と主の食卓が共に出来るように、今週も心晴れやかに礼拝から遣わされ、それぞれのところで主の栄光を現わす証し人に用いられましょう。
 (参考聖書箇所マタイ28章18〜20節、ローマ15章17節、エフェソ2章14節、ヘブライ13章5節)
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『永遠の命の中で』

2018/11/18 20:19
2018年11月4日 主の日礼拝メッセージ要約
聖書    ヨハネの手紙T5章1〜13節  
メッセージ   『永遠の命の中で』   
メッセンジャー  田中文人牧師

 今日は、有明キリスト教会の「召天者記念礼拝式」です。キリストを信じて召された故人が安らいでおられる完全な天を望みる礼拝です。
 1.死者の魂:毎年確認していますが、キリストを信じて召された人の魂は、死の瞬間愛用した肉体を離れ、天国の待合室に移されます。そこも、天国と同じ完全なところです。生きていた時多くの労苦があったとしても、病や障害があったとしても、そこには苦しみも痛みもありません。
 その待合室でイエス・キリストがもう一度この世に来られる「再臨」を待っています。イエスさまは、いつかはわかりませんが必ず再臨されます。その時、それまでに死んでいた人たちは全員復活の恵みにあずかります。再臨されるイエスさまの前に立たされ、生きている間にイエスさまを救い主(キリスト)と信じていたかどうか、それだけ尋ねられます。「信じていた人は、完全な天国に迎え入れられます。永遠に神様、イエスさまと共にいられ、永遠の命が実現します。
 2.世に打ち勝つキリスト信仰:今日聞き取りたいことは、キリストを信じているならば、死後だけでなく、生きているときから、この世に勝利していることです(4、5節)。使徒ヨハネは、そのことをエフェソ周辺(いまのトルコの国)のキリスト信仰者たちに伝えるためにこの手紙を書き送りました。
 いまから約2000年前のエフェソ辺りでは、イエス・キリストについて違うこと(イエスさまは肉体を取って来られたのではない等)が言われはじめていました。そのことに惑わされる信徒たちもいました。ですが、ヨハネはイエスさまの直弟子であり、その中でも格別みそばにいて教えを聞き、み業を目撃しました。何よりイエスさまの十字架と復活、昇天を目の当たりにした生き証人です。
 そこでヨハネは、イエスさまは確かに肉体を持っておられたこと、ですが、全く神様の御心に従い通され罪を犯されなかった神様ご自身でもあることを、この手紙で伝えています。この、はじめからの福音にしっかり立ち、イエスさまを「神の子」と信じる者が世に打ち勝つことを伝えています。真理の霊(聖霊)によって、それら間違った教えにも打ち勝たせていただけると励ましています。なぜならば、イエスさまご自身がこの世に勝利されたからです(ヨハネ16章33節参照)
 3.私たちの勝利:現代は当時と同じ時代背景ではないでしょう。それでも救い主について違う教えは多くあります。それらの教えだけでなく、この世には、神様が喜ばれない事や誘惑が多くあります。イエスさまに手を引かれ、聖書の御言葉に信頼する人生は、そのようなこの世にも既に勝利が与えられています。そこに感謝しながら、聖霊の導きを願って、神様と人を愛する歩みに今週も遣わされましょう。
 (参考聖書箇所:ヨハネ3章16〜17節、〃16章33節、Tテモテ2章4節、)
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『霊を見分け愛の業に遣わされましょうU神を愛する人は兄弟をも愛すべきです』   

2018/11/18 20:18
2018年10月28日
主の日礼拝メッセージ要約
聖書    ヨハネの手紙T4章7〜21節  
メッセージ    『霊を見分け愛の業に遣わされましょうU
          神を愛する人は兄弟をも愛すべきです』   
メッセンジャー   田中文人牧師

 愛することと愛されること、どちらを望むでしょうか?愛するよりも愛される方を望む人が多いかも知れません。聖書では今日の21節にもあるように「神を愛する人は、兄弟をも愛すべきです。これが、神から受けた掟です。」と愛することが勧められています。「愛することのない者は神を知りません。」(8節)ともいわれています。「兄弟」は、クリスチャンどうしでもありますし、血を分けた家族の兄弟の意味でも受け取れます。聖書の勧めは「厳しい…!」と言いたくなるでしょうか?
 1.兄弟を愛する理由:1)神様ご自身が愛だから(8節)=この愛は、自己犠牲の愛(アガペーの愛)で、神様から出ています。生まれながらの人にはありません。この愛で神様は人を愛してくださっています。私たちは既に愛されているのですから、神様と兄弟(隣人)を愛するよう勧められています。
 2)神様の方から私たちを愛してくださったから(9節)=神様は滅びるしかなかった人を何とかして救うため、生きるために、御ひとり子イエスさまをこの世に送ってくださいました。イエスさまが全人類の身代り生贄となって十字架で死なれたところに最大の自己犠牲の愛が現わされました。ここに愛があります(10節)。
 3)神の愛が私たちの内で全うされるから=この愛に留まり、互いに愛し合うならば、神様ご自身が私たちの間に留まってくださいます。このことは、神様から遣わされ、神様ご自身でもある聖霊によってわかります(13節)。
 2.兄弟を愛するならば:1)裁きの日の確信(17節)=イエスさまは、もう一度必ずこの世に来られます。そのとき、すべての悪は裁かれます。それまでに死んでいた人は全員復活の恵みにあずかり、イエスさまの前に立たされます。そのとき、生きている間にイエスさまを信じていたかどうか尋ねられます。信じていた人は完全な天に迎え入れられ、神様イエスさまとの交わりの中で永遠の命が実現します。信じていないならば永遠の滅び(神様がおられないところ)に定められます。これが裁きです。アガペーの愛で兄弟を愛しているならば、イエスさまのようですから(17節)、永遠の命が実現する再臨の日を、確信をもって迎えられます。
 2)恐れからの解放(18節)=神様から出ている愛で兄弟を愛しているならば、何より死への恐れから解放されます。「愛には恐れがない」からです。最大の課題である死にさえも解決が与えられ、恐れから解放されるのですから、これ程の恵みはありません。
 3.聖霊の満たしと導きを願って:この様に聖書から神様の愛のことを聞き取るならば、苦手な人も愛してみようと思わないでしょうか?私たちには愛する力はありません。ですが、愛は感情ではなく意思です。イエスさまを「救い主」と信じた時に、私たちの内側には聖霊が宿ってくださっています(Tコリント6章19節参照)。それでもなかなか愛することは難しいのが罪の世の現実です。そこで聖霊の導きを願って祈りましょう。少しずつイエスさまが神様と人を愛されたところに近付けていただけます。
 (参考聖書箇所:Tコリント6章19〜20節、ガラテヤ5章22節、)
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『神の愛』

2018/11/18 20:15
2018年9月30日 主の日礼拝メッセージ要約
聖書    ヨハネによる福音書3章16節
メッセージ   『神の愛』
メッセンジャー  宝田 豊師

 キリスト教では、イエス・キリストの十字架の死が重要視されますが、一般には敗者の姿としか映らないようです。背後にある神の愛を知らないからです。そこで今回は、神の愛について学びたいと思います。
<神の基本姿勢>
この箇所の基本になる形は、「神は愛された」です。主語は「神」です。動詞は「愛された」です。この愛には、不定過去という動詞が用いられ、“完成された行為”を意味しています。すなわち、この愛は時間や時代、民族の違いを超えて、神の愛がすべての人に注がれていることを意味しているのです。
この愛の対象である目的語が、「この世」、です。ギリシャ語では、コスモスと言います。地球で息をするすべての人を指す言葉です。
世の中的には良い人悪い人がいます。民族の違いや文化の違いの中で格差が存在します。しかし、神にとっては、これらすべての人が愛の対象なのです。
<愛の度合い>
神の愛の度合い(強さ)が、「ひとり子を賜わったほどに」の文章に現わされています。最も大切なものを犠牲にするほどに、私たちに対する神の愛は大きく強いということです。
神が、イエス・キリストを贈物(「賜った」)として世界に送られたとは、自分の罪に対して神の裁きを受けるべき人間の為に、御子イエスが十字架に身代わりとなって死んで下さったことを意味しているのです。すなわち、イエスの生涯は、死をも含め、神の愛の結晶であり、その究極の証しとして十字架の死があるということです。
わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して下さって、わたしたちの罪のためにあがないの供え物として、御子をおつかわしになった。ここに愛がある。 第一ヨハネ4章10節
<愛の目的>
神が、これほどまでに人を愛するには、それなりの目的があります。
第一に「ひとりも滅びること」がないためです。罪のない人間などいません。社会的犯罪だけでなく倫理的・道徳的な悪など、ありとあらゆる面で人は様々な罪を犯しています。「すなわち、すべての人は罪を犯したため、神の栄光を受けられなくなっており、ローマ書3章23節」と記されているとおりです。
イエスは、罪故に裁かれるしかない人間の運命に、赦されて生きる道を築いて下さったのです。
第二は、罪赦された者が、「永遠の命を得る」ようにして下さったのです。
わたしの父のみこころは、子を見て信じる者が、ことごとく永遠の命を得ることなのである。 ヨハネ6章40節
人間は、死の向こうにある世界を知りません。そして、「死んで花実が咲くものか」とこの世の生活での満足や栄華を求めています。これ以外に期待できるものがないと考えているのではないでしょうか。しかし、この世の栄華も成功も、脆く崩れる砂のお城のようなものであることを知ることは大事なのではないでしょうか。伝道の書の著者は忠告しています。
金銭を好む者は金銭をもって満足しない。富を好む者は富を得て満足しない。これもまた空である。財産が増せば、これを食う者も増す。その持ち主は目にそれを見るだけで、なんの益があるか。 伝道の書5章10-11節
しかし、イエス・キリストの十字架に示される神の愛を信じて生きる人生には、生きている今だけでなく、死んだ後の世界に対しても確かな希望を宿してくれるのです。更に、神の子となる約束が為されているのです。
あなたがたはみな、キリスト・イエスにある信仰によって、神の子なのである。  ガラテヤ3章26節
イエス・キリストの十字架による救いを信じて生きる者になりましょう。
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『ソロモンの神殿奉献の祈り』

2018/11/18 15:00
2018年10月21日主の日礼拝メッセージ要約
聖書    列王記上8章22〜53節  
メッセージ   2018年10月21日主の日礼拝メッセージ要約
聖書    列王記上8章22〜53節  
メッセージ   『ソロモンの神殿奉献の祈り』   
メッセンジャー  田中文人牧師

 神の箱が神殿の最も奥の部屋(至聖所)に安置され、祭司が神殿から出て来ると、神殿は主の栄光を現わす雲で満ちました(10〜11節)。そのときソロモンは、神様を讃美し、神殿を奉献の祈りに導かれました。ソロモンの祈りからいまの私たちのキリスト信仰の祈りについて聞き取りましょう。

 1.神様のご性質:1)唯一の創造主=「あなたに並ぶ神はありません。」聖書に示されている神様は、永遠から永遠に、何にも頼る必要がなく、ご自身で存在されるお方です。そしてこの世のすべてを創造されました。その様な人格あるお方との対話がキリスト信仰の祈りです。
 2)契約を守られるお方=唯一の人格ある創造主は、「心を尽くして御前を歩むあなたの僕たちに対して契約を守」ってくださいます。イスラエルの民全体には、アブラハムと結ばれたカナンの地で人数が増え大いに祝福するという約束を実現してくださいました。ソロモンにとっては、父ダビデに約束された神殿建築を間違いなく実現してくださった主です。この様な真実なお方と親しく対話することを私たちも許されています。
 3)どこにでもおられる主=「天も、天の天もあなたをお納めすることができません。」(27節)神様は神殿にご臨在されますが、神殿にだけおられるお方ではありません。時と場所を問わずどこにでも存在され、ソロモンはじめ全世界の人々の祈りを聞いてくださいます。「人の心をご存じ」のお方(39節)です。
 2.祈る内容:1)願い=飢饉や敵からの進入等の災から守られる様に、民が心に痛みを覚えるとき(38節)、それらからの解放と守りを願い出るならば、神様は聞いてくださいます。
 2)赦し=キリスト信仰で祈る内容は願いだけに留まりません。自らが神様と人との関係の中で犯してしまった罪の赦しを願い出ることが大切です。自分だけでなく、他の人々の罪の赦しのためにもとりなすことが必要です(31〜51節)。
 3)「地上のすべての民は御名を知」るため(43節)=イエスさまは、「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい。」(マルコ16章15節)、「すべての民をわたしの弟子にしなさい。」(マタイ28章19節)と命じられました。ですが今日の聖書箇所でソロモンはイエスさまよりも約1000年前に全世界の人々が唯一生きて働き、祈りを聞いてくださる神様を知るようにと既に祈ったことがわかります。
 3.キリスト信仰の祈り:ソロモンの神殿建築が実現したことも祈りを聞いてくださることも、すべては全世界の人々が主を知り恐れ、礼拝するためです。キリスト信仰の祈りは、神様との対話であり、何を願ってもかまいません。ですが、自己実現や自己満足のための祈りではありません。罪の赦しを願い、すべての人が主を知り、永遠の命の約束にあずかることを願う祈りです。
 神様は私たちの状況や課題の大きさには関係なく、祈りを聞いてくださいます。今週もどこにいても聖霊に導かれ、イエス・キリストの「お名前(御名)によって」大胆に祈りましょう。
 (参考聖書箇所:マタイ28章19節、マルコ16章15節、Tテモテ2章4節、)



   
メッセンジャー  田中文人牧師

 神の箱が神殿の最も奥の部屋(至聖所)に安置され、祭司が神殿から出て来ると、神殿は主の栄光を現わす雲で満ちました(10〜11節)。そのときソロモンは、神様を讃美し、神殿を奉献の祈りに導かれました。ソロモンの祈りからいまの私たちのキリスト信仰の祈りについて聞き取りましょう。

 1.神様のご性質:1)唯一の創造主=「あなたに並ぶ神はありません。」聖書に示されている神様は、永遠から永遠に、何にも頼る必要がなく、ご自身で存在されるお方です。そしてこの世のすべてを創造されました。その様な人格あるお方との対話がキリスト信仰の祈りです。
 2)契約を守られるお方=唯一の人格ある創造主は、「心を尽くして御前を歩むあなたの僕たちに対して契約を守」ってくださいます。イスラエルの民全体には、アブラハムと結ばれたカナンの地で人数が増え大いに祝福するという約束を実現してくださいました。ソロモンにとっては、父ダビデに約束された神殿建築を間違いなく実現してくださった主です。この様な真実なお方と親しく対話することを私たちも許されています。
 3)どこにでもおられる主=「天も、天の天もあなたをお納めすることができません。」(27節)神様は神殿にご臨在されますが、神殿にだけおられるお方ではありません。時と場所を問わずどこにでも存在され、ソロモンはじめ全世界の人々の祈りを聞いてくださいます。「人の心をご存じ」のお方(39節)です。
 2.祈る内容:1)願い=飢饉や敵からの進入等の災から守られる様に、民が心に痛みを覚えるとき(38節)、それらからの解放と守りを願い出るならば、神様は聞いてくださいます。
 2)赦し=キリスト信仰で祈る内容は願いだけに留まりません。自らが神様と人との関係の中で犯してしまった罪の赦しを願い出ることが大切です。自分だけでなく、他の人々の罪の赦しのためにもとりなすことが必要です(31〜51節)。
 3)「地上のすべての民は御名を知」るため(43節)=イエスさまは、「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい。」(マルコ16章15節)、「すべての民をわたしの弟子にしなさい。」(マタイ28章19節)と命じられました。ですが今日の聖書箇所でソロモンはイエスさまよりも約1000年前に全世界の人々が唯一生きて働き、祈りを聞いてくださる神様を知るようにと既に祈ったことがわかります。
 3.キリスト信仰の祈り:ソロモンの神殿建築が実現したことも祈りを聞いてくださることも、すべては全世界の人々が主を知り恐れ、礼拝するためです。キリスト信仰の祈りは、神様との対話であり、何を願ってもかまいません。ですが、自己実現や自己満足のための祈りではありません。罪の赦しを願い、すべての人が主を知り、永遠の命の約束にあずかることを願う祈りです。
 神様は私たちの状況や課題の大きさには関係なく、祈りを聞いてくださいます。今週もどこにいても聖霊に導かれ、イエス・キリストの「お名前(御名)によって」大胆に祈りましょう。
 (参考聖書箇所:マタイ28章19節、マルコ16章15節、Tテモテ2章4節、)


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『主の栄光に満ちた神殿』

2018/11/18 15:00
2018年10月7日 主の日礼拝メッセージ要約
聖書    列王記上8章1〜21節  
メッセージ   『主の栄光に満ちた神殿』   
メッセンジャー  田中文人牧師

 神殿を建て終えたソロモン王は、奉献式をしました。この8章には、その時のことが書いてあります。

 1.主の契約の箱を至聖所に安置したソロモン:ダビデの町シオンから主の契約の箱を神殿内に運び入るためにソロモンは、イスラエルの長老、すべての部族長、イスラエル人諸家系の首長をエルサレムの自分のもとに呼び集めました。第7の月(太陽歴の9月または10月)に民が集まると、祭司たちが契約の箱を担ぎ、幕屋とその他の祭具類も神殿まで運びました。契約の箱が神殿に到着するとソロモンは、数え切れない程の牛と羊を献げて礼拝しました。それから契約の箱を神殿の一番奥の部屋(至聖所)に運び入れ、神殿の建築は終わりました。
 2.主のご臨在と栄光:祭司たちが契約の箱を至聖所に安置し終えて聖所から出ると、雲が神殿に満ちました。このため祭司たちは、生贄を献げる奉仕が出来なくなりました。主の栄光に触れることは、それ程すばらしく、畏敬の念に導かれることがわかります。そしてソロモンは、神様の御業を心から讃美し、イスラエルの民を祝福しました。
 3.キリスト教会も栄光で満たされるところ:いまのキリスト教会も神様の栄光で満たされます。毎週の礼拝もその様な時です。そこで私たちは何を願ったらよいでしょうか?
 1)教会は聖書から救い主を知る所 = ソロモンが至聖所に安置した契約の箱には、モーセの十戒が納められていました。これは、神様が人にくださった契約の御言葉です。いまの私たちには、誤りなき神の言葉である聖書66巻(旧約の創世記〜新約の黙示録)があります。この聖書には、救い主イエス・キリストが紹介されています。キリスト教会で第一にすることが、聖書に示されているイエスさまを知ることです。そしてイエスさまを「救い主」と信じることです。
 2)教会は「祈りの家」 = 旧約聖書にも神殿は神様の「祈りの家」とあります(イザヤ56章7節)。イエスさまは、この祈りの家が暴利を貪り、貧しい人たちが礼拝しにくくされていた様子をご覧になり、商人たちを追い出し、「宮清め」をされました(マタイ21章11〜14節)。そして、「こう書いてある。『わたしの家は、祈りの家と呼ばれるべきである。』とイザヤ書の御言葉を引用して教えられました。キリスト教会も「祈りの家」です。祈り合う交わりを続けましょう。
 3)教会はキリストの名によって集まる所:イエスさまは、「二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである。」(マタイ18章20節)と言われました。キリストを信じる人たちがイエスさまの名によって2人3人集まるならば、そこに神様もイエスさまもご臨在してくださいます。栄光も現わしてくださいます。集まる人たちは、聖霊の導きを得て讃美と祝福に満たされます。今週もその様な礼拝と交わりから、主の栄光を現わす1週間に遣わされましょう。
 (参考聖書箇所:出エジプト40章34〜35節、イザヤ56章7節、マタイ17章5節、〃18章18〜19節)
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『神の子なのですからUキリストの名を信じ、互いに愛し合いましょう』

2018/09/26 14:10
2018年9月23日主の日礼拝メッセージ要約
聖書    ヨハネの手紙T3章11〜24節
メッセージ   『神の子なのですからU 
      = キリストの名を信じ、互いに愛し合いましょう』
メッセンジャー  田中文人牧師
 1.最も難しいこと:生きていくときに、「最も難しい!」と感じることは何でしょうか?様々な大きな課題に直面しますが、ある人は、「神と、愛することが最大の難題」と言っています。確かに創造主のことを私たちは知り尽すことは出来ません。また、隣人を愛することも簡単ではありません。特に苦手に思う人や敵対心を持って向かって来るような人を愛することは「不可能」としか思えません。ですが、その思いをそのままにしておくならば、どうなるでしょうか?
 2.ねたみ、憎しみの行きつくところ:その実例が世界最初の殺人事件を起こしたカインです(12節)。カインは自分の献げものが神様に受け入れられず、弟アベルの献げものが受け入れられたことをねたみました。そこから弟を憎むようになり、それを行動に移してしまったのです。
 現代でも数え切れない程の事件が起きています。それぞれに背景や事情はあります。ですが大元はカインと同じ人をねたむ思い、そして憎しみが解決されていないからといえます。その思いが行動になって表に出る時、人を殺すことさえもしてしまうのです。
 3.神の子にされている者へのふたつ目の勧め:この書の著者使徒ヨハネは、エフェソ周辺の信徒たちに、3章の前半では、キリストを信じて神様の子どもにされているのだから、清い歩みをするように勧めています。続く今日のところでは、互いに愛し合うようにと書き送っています。「兄弟を憎む者は皆、人殺しです。あなたがたの知っているとおり、すべて人殺しには永遠の命がとどまっていません。」(15節)とも書いています。
 自分では解決出来ないこの思いをどの様にすれば隣人を愛するところにまで変えられるのでしょうか?イエスさまは、「敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。」とも言っておられます(マタイ5章44節)
 4.イエスさまを見上げて:そこで思いと目を向けたいところが、イエス・キリスト救い主です。イエスさまは神様に背き続けている人のために命を捨ててくださいました。その十字架の上で流された貴い血によって罪を赦してくださいました。このイエスさまを「私の救い主」と信じて神様の子どもにしていただいている人たちがキリスト信仰者(クリスチャン)です。
 既にキリストを信じている方々は、この主の愛に立ち返りましょう。まだ信じていない方々は、信じるところからはじめましょう。そうするならば、聖霊で内側が満たされます。そこから隣人を愛する思いにも導かれます。
 5.持っているものを差し出す愛の業:実際に誰かのために命を捨てることは、そうそうありません。16節の「命を捨てる」の「捨てる」と訳されているギリシャ語は、イエスさまが弟子たちの足を洗われた記事では、上着を「脱」がれた、と訳されています(ヨハネ13章4節)。今日の17節にある様に、自分が持っているものを抜いで必要な人たちにわたすことといえます。そこにはやはり犠牲が伴います。
 6.神様からの祝福:互いに愛し合うならば、1)主の御前で安心出来ます(19節)。神様に願うことは何でもかなえられます(22節)。
 今週も聖霊の導きをいただいて「言葉や口先だけではなく、行いをもって誠実に愛し合」いましょう。(18節)
 (参考聖書箇所:創世4章、マタイ5章21〜22節、〃44節、ヨハネ3章16節、〃13章4節、)

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『最高のものを献げたソロモン』 

2018/09/26 14:07
2018年9月16日主の日礼拝メッセージ要約
聖書    列王記上7章13〜51節
メッセージ   『最高のものを献げたソロモン』   
メッセンジャー  田中文人牧師

 今日の聖書箇所には、宮殿から神殿建築の記事に戻り、備品類の製作について書いてあります。ソロモンは、2本の柱と柱頭をはじめ、旧約時代の礼拝を献げる時の祭具類をつくりました。それらが、海、それを支える十二の牛の像、洗盤、洗盤を乗せる台車、動物を献げるための壺、十能、鉢等です。
 1.用いられたヒラム:彼は母がナフタリ族出身、父もイスラエルの民だったと思われますが、その父の死後、母がティルスに引越し再婚しました。その父がイスラエルの民ではなかったために、ヒラムも異邦人に数えられました。ですが、そのティルス人の父が青銅工芸の職人で、彼も知恵と洞察力と知識に満ち、青銅にかけてはどんな仕事にも通じていました。ソロモンは、最高の備品を神殿に献げるために、このヒラムに製作を依頼しました。
 新約聖書には、イエスさまの弟子のヨハネが主の名を使って悪霊を追い出していた人を見た時、自分たちに従わなかったのでやめさせようとしたときの記事があります。これを聞かれたイエスさまは、「やめさせてはならない。わたしの名を使って奇跡を行い、そのすぐ後で、わたしの悪口は言えまい。わたしたちに逆らわない者は、わたしたちの味方なのである。」と言われました。(マルコ9章39〜41節)。キリスト教会を建築する時にも、耳を傾けたい御言葉です。
 2.本質を外さなかったソロモン:ソロモンは、2本の柱を神殿の外陣の前廊の前に立てました。南側の柱にはヤキン(主の守り)、北側の柱にはボアズ(おそらく、主の力という意味)と名付けました。このことによって神殿に入る人たちは、毎回主の守りの中で主の力によって建築されたことを自覚する様になります。また、製作者のヒラムと他の職人たちも創造主を知ることになったはずです。
 3.ちょうつがいに至るまで金でつくったソロモン:神殿に置くための祭具は、祭壇をはじめ、神殿の奥の間すなわち至聖所の扉と外陣の扉のための金の蝶番に至るまで金でつくりました。蝶番の様な小さな部品まで金でつくったところに、当時のソロモンが神様(創造主)に最高のものを献げようとしていた信仰が表わされています。
 4.最高の建築をするための備え:有明教会では毎月第3主の日の礼拝式の中で建築のための祈りをしています。まだ具体的な計画は示されていませんが、御心に適う最高の建築に導かれるよう、いまからさらに祈り続けましょう。
 最大の備えは、建築にとりかかる前のいまのこの時から、ひとりひとり毎週最高の主の日の礼拝を献げることです。何が自分にとって最高の献げものになるのか、よく祈り、示されたところに従いましょう。そこを願い出るならば、平日の生活も整えられていくはずです。今週も最高の礼拝から主の栄光を表わす歩みに遣わされましょう。
   (参考聖書箇所:マルコ9章39〜41節、Uコリント9章6〜8節)



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『キリストの忠実な証人』  

2018/09/26 14:05
2018年9月9日 主の日礼拝メッセージ要約
聖書    ヨハネの黙示録2章8〜11節  
メッセージ   『キリストの忠実な証人』   
メッセンジャー  中條儀助師(宮崎キリスト教会員)
 ハレルヤ!
 罪を全部贖ってくださったイエスさまを信じることによって私たちは、クリスチャン(キリスト信仰者)にされています。今日は、キリストを信じて今生かされていることとはどの様なことなのかを聖書から聞き取りましょう。
 1.クリスチャンにされていること:それは、神様の子どもにされる権利が与えられていること(ヨハネ1章12節)です。1)人は生まれながら怒りの子(エペソ1章23節)で、それが行動に現われると大きな罪も犯しかねないものです。そのままでは神様に受け入れていただけない存在です。ですが、イエスさまが十字架の血によって怒り、他すべての罪を買い戻してくださいました。ですから、イエスさまを信じるだけで神様の子どもにしていただけます。
 2)生まれたままでは、自分がどこから来てどこに行くのかもわかりません。ですが、聖書を読んでいくと、永遠に神様と共に生活する道がイエスさまによって既に開かれていることに気付かされます(ヨハネ3章16節)。死の後、魂が天に行くことも聖書から知らされるので、死にも解決が与えられます(ピリピ3章21節)。
 2.宗教のひとつではないキリスト信仰:キリスト信仰は、数ある宗教のひとつでも、宗教でもありません。なぜなら、宗教は人がつくり何かを神に祭り上げる「下から」のものです。一方キリスト信仰は、神様の方から救い主をこの世に送ってくださり、一方的に救いの御業を実現してくださったからです。
 3.どの様に生きるかが重要:ところで、永遠の命の約束が与えられていても、現実の生活にはなお多くの課題があります。そこで、「死に至るまで忠実に生きる」ことが大切になります。
 忠実に生きる信仰者とは、1)小事に忠実である人(ルカ16章10節)、2)救われてから時間が経っても信仰が変わらない人、3)困難に会う時も状況が変わっても、いつでも主に心を向け続ける人です。
 4.「キリストの証人」とは:「証人」は、ギリシャ語のマルトゥースの訳で、「殉教者」という意味から来ています。聖霊に満たされる時、不可能が可能になり、殉教の道を歩むところ、キリストの証し人にまで立てられます。
 5.聖霊とは:1)創造の霊です(創世1章1節)。それは、無から有を生み出す力です(ローマ4章17節)。
 2)和解の霊です。夫婦、家族でも和解することは大変難しいのが現実です。ですが、その道をイエスさまが十字架の御業によって開いてくださいました(エペソ2章14節)。ですから、聖霊の力をいただくならば、相対する者たちがキリストによって実際に「ひとつ」にされます。
 3)救贖の力です。私たち人に救う力はありませんが、聖霊にはあります。
 6.キリストの良き証人になるには:それはやはり、聖霊を受けることです。神様はキリストを通して豊に聖霊を注いでくださいます(テトス3章6節)。教会は、このキリストの体です。聖霊を受けキリストの忠実な証人に立てられるためには、どうしてもキリスト教会につながり続ける必要があります。課題や悩みがある時にこそ、教会から離れず、礼拝し、祈り、聖書の御言葉から御声を聞き取りましょう。聖霊を求める者に神様は誰にでも惜しむことなく与えてくださいます(ルカ11章13節)。今週も感謝のうちに、キリストの忠実な証人に遣わされましょう。
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『宮殿の建築 = ソロモンの優先順位』

2018/09/26 14:04
2018年9月2日
主の日礼拝メッセージ要約
聖書    列王記上7章1〜12節  
メッセージ    『宮殿の建築 = ソロモンの優先順位』   
メッセンジャー   田中文人牧師

 この7章には、ソロモンの宮殿(王宮)建築(1〜12節)と神殿の備品類の制作(13〜51節)の二つの記事が書かれています。神殿建築の記事は6章から続いています。そこで、王宮の建築は、神殿建築の記事の間に置かれていることになります。ここに、神様がこの様な順番で書く様に、この書の著者に臨まれたことが読み取れるのではないでしょうか?
 1.王宮を成していた建物:一つ目は、レバノンの森の家(2〜5節)で、金の小盾等が収められていた宝物庫でした(T列王10章参照)。二つめは、柱廊(柱の広間)で、ソロモンに裁きを求めて来る人たちの待合室だったと思われます(6節)。三つ目が王座の広間で、ここが裁きを行なう部屋でした(7節)。さらに四つ目がソロモンの自宅で、王座の広間の後方の別の庭にありました(8節)。そして五つ目が、ソロモンが妻に迎えたエジプト王ファラオの娘のための家です(8節)。
 これらの建物の土台には、4〜5bもある貴重な石が据えられました。その上に、切り整えられた石とレバノン杉で建設されました。
 2.神殿の方を優先したソロモン:1)宮殿建設の記事が神殿建設の記事の間に記されているところ = この様な順で記すならば、読者の意識と思いは、宮殿よりも神殿の方に向きやすくなります。ここに、宮殿(王宮)よりも神殿を優先したソロモンの信仰が現わされていると言えます。
 2)「…十三年の年月をかけて宮殿を築き…」(1節) = 原文は、「ソロモンが宮殿を建て終わるまでには13年もの年月を費やした」という意味です。建設資材は、ティルスのヒラムのところから多量に送ってもらっていましたが、やはり長年にわたって調達し続けることはかなり無理があった様です。そこで、神殿は7年で建てられましたが、宮殿は建て終わるまで13年もかかりました。建設作業は、神殿と平行して進められたことも考えられますから、やはりソロモンは自宅も含めた宮殿よりも神様がご臨在される神殿を優先したことがわかります。
 3)神殿と隣接した宮殿に引越したところ = 宮殿はエルサレムの郊外、神殿と隣合う敷地に建てられました。宮殿には自宅も隣接していましたので、完成するとソロモンは、それまで住んでいたエルサレムから引っ越して来ました。神殿のすぐ近くに引っ越したところに、この時のソロモンの信仰が現わされています。
 3.「まず、神の国と神の義を求め」ること:私たちの優先順位も神様の方を第一に選び取るよう願い出ましょう。何が神様を第一にすることなのか、毎日聖書の御言葉から聞き取ることが必要です。優先順位が示されても、私たちには様々な思いがあります。その点で神様との対話である祈りは欠かせません。今週も、聖霊に満たされ、力をいただいて御心の方を選び取る決断に押し出されましょう。そこに祝福があります。
 (参考聖書箇所:列王上6章38節、〃10章16〜17節、詩編84編5節、マタイ6章33節)
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 『神の子なのですからT清さを願い出ましょう』

2018/08/26 13:00
2018年8月26日主の日礼拝メッセージ要約
聖書    ヨハネの手紙T3章1〜12節
メッセージ   『神の子なのですからT
          清さを願い出ましょう』
メッセンジャー  田中文人牧師

 1.この世にはない神様の愛:「御父がどれほどわたしたちを愛してくださるか、考えなさい。」(1節)の「どれほど」は、「どこの国に」という意味です。この愛を創造主であられる父なる神様は、御ひとり子イエスさまをこの世に遣わし、十字架で人の身代りの死に引き渡し、その十字架の血によって全人類の罪(的外れ)を買い戻してくださった御業に現わされました。自分に背を向け逆らい続ける者を受け入れるために自分のひとり子を身代りにする程の愛を行なう者など、どこの世にいるでしょうか?ですから、父なる神様の全人類に対する愛は、この世にはない、「どこの国(天国)の」愛です。私たちはこの愛にどれほど感動し、感謝しているでしょうか?
 2.イエスさまをありのままに見る日を望み見て:このイエスさまを「私の主」と心で信じ、口で告白するならば、誰でも神様の子どもにしていただけます。ですが、この後どの様になるのかは、わかりません(2節)。それでも確かなことは、イエスさまが再臨される時、そのイエスさまと同じ姿に変えられることです。完全な神と人であられるイエスさまと同じ姿に変えていただけるのですから、これ程の恵みはありません。その約束の時を望み見ながら完全な天を目指して進み続けるキリスト信仰者は、どの様な日常生活を願い出たらよいのでしょうか?
 3.自分を清めるために:ひとつは、罪を犯さないように、です(6節)。罪とは、神様の法(天国の原則)に逆らい、逸れることです。イエスさまを信じて救われてからしばらくは、感謝と喜びに満たされ、日常生活でも「イエスさまが歩まれたように…」と願います。ですが、次第に自分がイエスさまから逸れていることに気付かされると失望もします。そこで「御子の内にいつもいる人は皆、罪を犯しません。」(6節)と読むと、「本当だろうか?」と思ってしまいます。ここで言われている「罪を犯しません」は、習慣的に罪を犯すことはないという意味です。そこで、いま習慣になっていることで聖書から「やめる」様に示されるならば、そこから「離れ」なくてはなりません。もちろん私たちの力では離れることもやめることも出来ませんから、聖霊の助けを願って祈ります。
 ふたつ目は、「義を行なうように」(7節)です。この「義」は、倫理道徳面での正しさです。その模範は、イエス・キリスト救い主です。そこで私たちもイエスさまが歩まれたところに従って、家庭で、社会で生きていけるように、やはり聖霊(御霊)の助けと導きを願い出ましょう。
 「私にはとても…。」と言いたくなるかも知れません。そこで「神の種がこの人の内にいつもあるからです。」(9節)に思いと目を向けましょう。「神の種」は、聖書の御言葉、聖霊の助け、そしてイエス・キリストの福音そのものを表わしています。
 自分の罪に気付いた時は、すみやかに十字架の血による赦しを願い出て悔い改めましょう。神様の種が内側に蒔かれていることを感謝し、この世にはない愛に感動しながら、今週もイエスさまの義に少しでも近い生活に用いられることを願い出ましょう。復活され今も生きて働いておられるイエス・キリスト救い主がいつも共にいてくださいます。

 (参考聖書箇所:ヨハネ3章16節、ローマ10章9節)
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ソロモンの神殿建築U最善が尽された内装工事  

2018/08/19 13:00
2018年8月19日主の日礼拝メッセージ要約
聖書    列王記上6章15〜38節  
メッセージ   『ソロモンの神殿建築U
           最善が尽された内装工事』   
メッセンジャー  田中文人牧師

 ソロモン王は、神殿の内装にも最善を尽しました。
 1.最高の材料:神殿には、内陣(至聖所)と外陣(聖所)がありました。その内側を杉や木材(もみの木)等の板で張りました。さらに、内陣の奥のケルビムはじめ、板の彫刻他を金で覆いました。木材、金ともに最高の材料でした。これは、神様の住居とされていた神殿ですから、国の豊かさをひけらかすためではなく、最高の材料を献げるソロモンの信仰が表わされていたといえます。
 2.手抜きをしなかったソロモン:内陣(至聖所)には、年に一度だけ大祭司だけが入り、民の罪を取り成す礼拝を献げていました。ソロモンは、年に一度だけしか使わない部屋だからといって手を抜く様なことはしませんでした。1.の様に最高の材料でしっかり作ったのです。
 また、「内庭を造り、切り石を三列、レバノン杉の角材を一列重ねて据え」ました(36節)。この重ねたレバノン杉の角材が地震の時の揺れを吸収する様に設計されていました。ソロモンは、外から見ただけでは気付き難くい耐震構造にも手を抜かずしっかり取り組んだのです。ここに、ソロモンが人の目ではなく、いつでも、どこでも見ておられる神様の前に神殿工事を進めた彼の信仰が表わされています。
 3.「計画通りに完成した神殿:ソロモンの第一神殿は、七年の月日をかけて「計画通り」(38節)に完成しました。「計画」には、裁きや教えという意味があります。ソロモンは、自分が思う様な神殿を計画し、作り上げたのではありませんでした。神様の教えに従う設計をし、その設計通りに御心に適う神殿を建て上げていったのです。12節で神様は、「あなたが建てている神殿について、もしあなたがわたしの掟に従って歩み、わたしの法を実行し、わたしのどの戒めにも従って歩むなら」ダビデ王に約束した祝福を実現すると告げておられました。ソロモンはこの御言に忠実に従ったと言えます。
 4.有明教会の建築を望み見て:まだ有明教会には具体的なヴィジョンは示されていません。ですが、毎月第三主日の礼拝式の中で「建築祈祷」を続けています。いつ建て替えの時が来ても慌てずに先き立ちの主に従えるよう、ソロモンの信仰に倣い、今から次のことを祈って備えましょう。
 一つは、教会建築は、最高の材料で行なうことです。それは、高級品ということばかりではありません。主が喜んで受け入れてくださるのは、罪の悔い改めと清い心を願う思いから献げられる材料です(詩編51編12節参照)。
 二つ目は、手抜き工事をしないことです。信頼出来る業者を願いましょう。また、耐震構造等、見えない所にこそ力を注ぐ建築を目指しましょう。それが、災害時に地域の避難所に用いられることにもなります。
 そして、三つ目に、何より私たちも御心に適う「計画」を祈りましょう。キリスト教会は、主の宮であり、礼拝する場所、祈りの家です。
 (参考聖書箇所:箴言19章21節)
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『キリストの内に留まりましょう』

2018/08/15 21:00
2018年8月12日主の日礼拝メッセージ要約
聖書    ヨハネの手紙T2章18〜29節   
メッセージ   『キリストの内に留まりましょう』   
メッセンジャー  田中文人牧師

 使徒ヨハネは、紀元90年頃おそらくエフェソ周辺のキリスト信徒たちに宛て、この手紙を書きました。イエスさまの十字架と復活、昇天から50年くらいたった頃、この手紙は書き送られました。ところが、既に反キリストといわれる偽のキリスト信仰者が現れ、人々を迷わせていました。

 1.終わりの時(18節):ヨハネはエフェソ周辺の信徒たちに「子供たちよ、終わりの時が来ています。」と呼びかけています。老年のヨハネにとって彼らは、年齢も親子以上に離れていました。ですが実の親子以上の愛を込めて語りかけていることが読み取れます。
 「終わりの時」は、イエス・キリストがもう一度この世に来られる時=再臨の時です。その前には、様々な印が起こります。そのひとつが、「反キリスト」です。
 この点ではヨハネの時から約2000年経った現代も同じ「終わりの時」です。その他の印も多く起きています。イエスさまがいつ来られても不思議ではありません。イエスさまは、盗人の様に再臨されます。私たちも目を覚まして備えましょう。

 2.反キリストの特徴(18〜23節):何といっても彼らの特徴は、イエスさまをメシヤ(救い主)と認めないことです。キリストを救い主と認めないならば、イエスさまの内にも、創造主=父なる神様=の内にもいないことになります。そして、その様な反キリストは、真理そのものであられるキリストを信じる信仰者の群に留まることが出来ません。必ず群から出て行きます。
 現代でもキリスト信仰と見わけが付き難い教えは多くあります。イエスさま只お一人が救い主であられることを認めないならば、いくら魅力的であったとしても、キリスト信仰と同じ様に思えたとしても、すべて「反キリスト」(偽物)です。私たちも迷わされず、しっかり見分けられる様、聖霊の助けを願いましょう。

 3.キリストに留まり続けるように(24〜27節):私たちが目指すところは、救い主イエス・キリストに留まり続けることです(24節)。それは、初めから聞いていたことを心に留めること=真理そのものであられるイエス・キリストに留まり続けることです。「これこそ、御子がわたしたちに約束された約束、永遠の命です。」(25節)。
 様々な研究も進み、聖書の真実が明らかになって来ています。新しい神学も説かれています。ですが、最も大切なことは、初めから伝え続けられていた福音から逸れていないかどうかです。いくら魅力的で人や社会に有益であったとしても、初代キリスト教会から伝え続けられている福音から外れているならば、反キリストになってしまいます。

 4.何のために(28〜29節):「まだ魂の救いや初めからの信仰に留まっているのですか…?」と言われることもあります。少数者であったとしてもそこに留まる理由は、1)永遠の命への確心を持つことが出来るから、2)イエスさまによって死者の中から復活の恵みにあずかり、イエスさまの前に立たされた時、恥じ入ることのないためです(28節)。
 再臨の時「やっぱり聞いていたことは本当だった!」と感謝の内に完全な天に迎え入れられる時を望み見ながら、今週も義を行なう、良き証し人の生活に遣わされましょう(29節)。

 (参考聖書箇所:ヨハネ15章7節、Tヨハネ2章6節)
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 『ソロモンの神殿建築T静かに行なわれた工事』

2018/08/12 12:00
2018年8月5日主の日礼拝メッセージ要約
聖書    列王記上6章1〜14節  (新共同訳)
メッセージ   『ソロモンの神殿建築T 
        = 静かに行なわれた工事』
メッセンジャー  田中文人牧師

 資材の調達に目処もつき、ソロモンはいよいよ神殿の建築に取りかかりました。
 1.建築開始の年:ソロモンが建築を始めた年は、王座に着いて4年目でした。その年は、イスラエルの民がモーセに導かれてエジプトを脱出して480年目に当たります(1節)。このことは、「出エジプト」がヨルダン川を渡ってカナンの地に定住することで終わるのではなく、神様の家である神殿を建てて終了することを表しています。
 2.神殿の外観:1アンマは、人の肘から中指の先までの長さで、約45センチメートルですが、掌の分を足すこともあったといわれています。そこで計算しやすい様に1アンマを50センチにするとこの神殿は、奥行き六十アンマ(約30メートル)、間口二十アンマ(約10メートル)、高さ三十アンマ(約15メートル)になります(2節)。これは、荒野時代の幕屋の約2倍といわれています。
 外陣には、前廊もありました。また格子作りの窓があり、神殿の中から外に光が流れ出る様につくられていました。これは、内側から神様の光が外の世界に出るための構造でした。さらに、壁の周囲には脇間をつくり、幅は、一階五アンマ、二階六アンマ、三階七アンマにしました。これは、建物の壁に梁をはめ込まずに済むためです。
 3.静かに整然と行なわれた組み立て作業:注目したいことは、これだけの建物を建て上げる間、「建築中の神殿では、槌、つるはし、その他、鉄の道具の音は全く聞こえなかった。」(7節)ことです。それは、石切り場ですべての切り込みがなされており、建築の現場では、それらの石材を組み合わせるだけでよかったからです。微調整も必要ないほど完全に準備されていたことがわかります。
 私たちも教会を建築する時、いかに準備が大切であるかを教えられます。また、新約時代のキリスト教会は、イエスさまが「二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである。」(マタイ18章20節)と教えられたように、建物ではなく、「神様に呼び集められた者の群」です。ですが、主の前に静まって創造主を恐れ、感謝を献げる点でかわりはありません。私たちも、御言葉の前に静まり、示された罪を悔い改め、十字架の血による赦しをいただきましょう。そして、礼拝からキリストの光をこの世に輝かせる一週間の歩みに遣わされましょう。
 4.主の励ましの中で進められた建築:ソロモンの神殿建築には、7年かかりました(38節)。その間、いろいろなことがあったと想像出来ます。その中で神様はソロモンに語りかけられました。それが、ソロモンが主の掟に従って歩み、律法を実行し、戒めにも従うならば、父ダビデに約束した祝福を果すこと(12節)。何よりの励ましは、神様ご自身がイスラエルの民の中に住まれ、見捨てることはないと告げられた御言葉です(13節)。
 教会を建築する時も様々な課題に直面します。ですが、御心に適う建築であるならば、いまの私たちとも主は共にいて、工事のすべてを先立って導いてくださいます。有明教会で建築に取りかかる時も同じ主に信頼して進み続けましょう。
(参考聖書箇所:マタイ18章20節、Tコリント6章19〜20節、エフェソ2章8節、14〜16節)
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『ソロモンの神殿建築準備』

2018/07/29 13:00
2018年7月29日主の日礼拝メッセージ要約
聖書    列王記上5章15〜32節  (新共同訳)
メッセージ   『ソロモンの神殿建築準備』   
メッセンジャー  田中文人牧師

 いよいよソロモン王は、神殿の建築に取りかかります。今日の箇所は、その準備の記事です。有明キリスト教会も毎月第3週の礼拝式の時、「建築祈祷」をしています。この機会に、教会建築の準備段階で必要なことを聞き取りましょう。

 1.自分の代の使命:「主が父ダビデに、『わたしがあなたに代えて王座につかせるあなたの子が、…家を建てる』と言われたからです。」(19節後半)おそらくソロモンは、折りに触れ、父ダビデから、神殿建築は、将来ソロモンが王座に着いている間の使命であると言い聞かせられて育ったのではないでしょうか?
 有明教会には、いまの私たちの代で建て替えるのかどうか、そのこともまだ示されていません。ですが大切なことは、祈り続けることです。祈っているならば、「今が建築の時」と必ず示されます。
 2.御名のための建築:「ここに至ってわたしは、わたしの神、主の御名のために神殿を建てようと考えています。」(19節前半)。旧約時代の神殿は、神様の家でした。ですから神殿建築は、ソロモンの名声を表わすためでも、イスラエル王国の繁栄を表わすためでもありません。主の御名のための建築でした。
 有明教会の建築にとって「御名のため」とはどの様なことでしょうか?これを機会にそれぞれ聖書から、また祈りを通して聞き取っていきましょう。
 3.惜しげなく注ぎ込んだソロモン:ソロモンは、ティルスのヒラムに建築に必要な木材と石材を提供してくれる様に頼みました。一方でソロモン(イスラエル)の方からは、ティルスが必要とている食料等を毎年送ることを約束しました。それが、「小麦二万コルと純粋のオリーブ油二十コル」(25節)でした。
 また、国内から労役のために三万人の男子を徴用しました(27節)。これら三万人を三つに分け、3カ月の内1カ月はティルスに出かけ石の切り出しと木材運び出しの作業に当たらせました。残りの2カ月は、自分の家に帰り、元の仕事をし、家族と共に生活出来るように、配慮も怠りませんでした。
 ソロモンは、主の御名のための建築であるならば、注ぎ込むところには惜しむことなくお金も物も人材も提供しました。教会の建築も同じです。注ぎ込むところには惜しむことなく注ぎ込む必要があります。その点で、価格だけでは決められません。
 4.その他:ソロモンは神殿の土台をしっかり据えるためにティルスから石材を調達しました。今のキリスト教会にとってこのことは、イエス・キリスト救い主をひとりひとりと群の土台に据えることです(Tコリント3章参照)。
 またソロモンは、周りの国、特にティルスと平和を保ちました。それが、条約を結んだところに現わされています(26節)。私たちも建築に取りかかるならば、様々な人たちとの良き関係が必要になります。信仰の点で妥協する必要は全くありません。ですが、最大限平和な関係の中で主の御名のための建築が進むことをいまから願いましょう。
 (参考聖書箇所:ローマ12章18節、Tコリント3章)
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『イエスさまが歩まれたように』

2018/07/29 09:53
2018年7月22日主の日礼拝メッセージ要約
聖書    ヨハネの手紙T2章1〜17節
メッセージ   『イエスさまが歩まれたように』   
メッセンジャー  田中文人牧師

 1.弁護者キリストに信頼して:この手紙の著者ヨハネは、「…これらのことを書くのは、あなたがたが罪を犯さないようになるためです。」(1節)と書き送っています。キリストを信じて新たに内側が作り変えられても、気が付くと以前と同じ様に的を外していることがあるのが、私たちの現実ではないでしょうか?
 しかし、心配はいりません。「たとえ罪を犯しても、御父のもとに弁護者、正しい方、イエス・キリストがおられます。」(1節)イエスさまご自身、全世界の罪を償う生贄になってくださいました(2節)。罪に気付かされた時は、恐れることなく告白し、赦しを請いましょう。どの様な的外れでも赦していただけます。
 2.御足の後に従って:どの様な罪でもイエスさまの十字架の血で全部なかったことにしていただけます。ですが、私たちが目指すところは、少しでも罪を繰り返さず、イエスさまが歩まれた様に生きることです(6節)。それは、神様の内にいることであり、神様の言葉を守ることです(5節)
 3.兄弟を愛すること:神様の言葉を守ることとは、全身全霊で神様を愛すること、同じ様に隣人を愛することです。正直に自分を聖句に照らしてみるならば、神様にも、隣人にも私たちはいろいろな思いを持っていることに気付かされます。「愛すること」とは、自己中心でなく、自己を犠牲にして接することです。とてもその様には出来ない自分に気付かされます。ですが、「それが人間…。」といっているのでは、本物のキリスト信仰、キリストの弟子の歩みにはなりません。助け主であられる聖霊の力と励ましを願い出ましょう。
 4.永遠の命に生かされるために:世と世にあるものを愛するならば、御父を愛することの正反対になってしまいます。なぜなら、すべて目の欲、肉の欲、生活のおごりは世から出るからです(16節)。イエスさまは、「「だれも、二人の主人に仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛するか、一方に親しんで他方を軽んじるか、どちらかである。あなたがたは、神と富とに仕えることはできない。」(マタイ16章23節)と教えられました。私たちも、神様の愛の中で生かされていながら、この世から出る様々な欲の中でも生きることは出来ません。
 せっかく、イエスさまの十字架の血によって罪が赦され、最大の課題である死から事実復活されたイエスさまを信じて天国行きの切符をいただいたのですから、この世から少しでも離れ、永遠の命の中で生かされる方を願い出ましょう(15節)。私たちには、離れる勇気もなく、離れる決断も出来ません。ですが、イエスさまは、この世からのすべての誘惑にも打ち勝ってくださいました。その主が共にいて一歩先を導いてくださっています。弁護までしてくださいます。そこに信頼し、聖霊に押し出されて、今週もキリストの愛に生かされ用いられる生活に遣わされましょう。
 (参考聖書箇所:マタイ6章24節、ヨハネ13章34節、ローマ7章15節、)

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『ソロモンの栄華に優る祝福』

2018/07/15 14:00
2018年7月15日主の日礼拝メッセージ要約
聖書    列王記上5章1〜14節
メッセージ   『ソロモンの栄華に優る祝福』   
メッセンジャー  田中文人牧師

 ダビデからソロモンの代になったイスラエルは、国内は栄え、周辺諸国との関係も平和で安定していました。それは、ソロモンが、「どうか、あなたの民を正しく裁き、善と悪を判断することができるように、この僕に聞き分ける心をお与えください。」(列王上3章9節)と願ったからです。この願いは神様の御心に適い、神様は、ソロモンが願わなかった祝福も与えられました。
 1.領土の拡大:ソロモンの時代には、南はエジプトとの境まで支配しました。北東はティフサからガザに至るユーフラテス西方の全域、つまり、北はダンから南はベエル・シェバに及ぶ範囲です。これは、現在のシリヤ、レバノンからパレスチナの全土に至る地域です。これらの各国はソロモンに貢ぎ物を収め、平和で友好関係を結んでいました。
 2.食料の満たし:ソロモンのところには、上等の小麦粉だけでも日に30コル(約6900g、パンにして数万個)も納められました。普通の小麦粉は、日に60コル、肥えた牛10頭、牧場で飼育した牛20頭、羊100匹、その他にも鳥が多数ありました。これらによって、宮廷関係者だけでなく、全国民が養われました。
 3.知恵と洞察力、心の広さの祝福:いまから約3千年前、イスラエルから見て東の国々には、大変な賢者が多くいました。ですがソロモンノ知恵は、それらの人たちよりもはるかに優っていました。彼が語った格言は3,000、歌は1500首に達し、旧約聖書の詩編、箴言、伝道者の書(コヘレトの言葉)、雅歌等に収められています。また、動植物の洞察と知識にも富み、レバノン杉の様に大きなものから石垣のヒソプの様な小さなものまで、動物も獣類、鳥類、爬虫類に至るまで論じることが出来ました。そこでこれらの知恵に耳を傾けるため、あらゆる国から人々が送られて来ました。
 さらにソロモンには、「海辺の砂のように広い心」が与えられていました。ですから、3章に記されている様なふたりの遊女のどちらが本当の母親であるのかといった難問も、偏見や分けへだてなく聞き分け、見抜いて正しく裁くことが出来たのです。
 4.私たちへの祝福:上記の様なソロモンの知恵と国の繁栄を読むと、私たちにも同じ祝福が与えられる様に願いたくなります。ですが、イエスさまは、「栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。」と言われました(ルカ12章27節)。働きも紡ぎもしない野の花でさえ神様は絶頂期のソロモンよりも美しくされ、養ってくださいます(〃26節)。
 私たちが願う知恵は、この神様、イエスさまに信頼することです。それが、最大の知恵です。様々な心配事や課題は、主に祈って委ねましょう。私たちがすることは、「ただ、神の国を求め」ること(〃31節)です。毎日聖書の御言葉とメッセージで魂が養われること、そして示された聖句を日常生活の中でやってみることです。今週もすべてをご存じの主に信頼し、聖霊の導きによって、主の栄光を現わす歩みに遣わされましょう。
 (参考聖書箇所:マタイ6章33節、ルカ12章27〜32節)
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 『光の中を歩みましょう』

2018/07/15 13:00
2018年7月8日主の日礼拝メッセージ要約
聖書    ヨハネの手紙T1章1〜10節  
メッセージ   『光の中を歩みましょう』   
メッセンジャー  田中文人牧師

 今日から新約聖書は、ヨハネの手紙Tを読みはじめます。中心聖句は、「神の子の名を信じているあなたがたに、これらのことを書き送るのは、永遠の命を得ていることを悟らせたいからです。」(5章13節)です。
 キリスト信仰者(クリスチャン)は、永遠の命の約束をいただいています。私たちもこの書から改めて永遠の命に生かされていることを悟り、感謝しましょう。
 1.この手紙について:書名にある通り、この書は、ヨハネという人が書きました。「ヨハネ」は、「主は恵み深い」という意味で、珍しい名前ではありませんでした。聖書にも何人ものヨハネが登場していますので、この書を書いたヨハネのことは、使徒ヨハネと呼ばれています。彼はこの書だけでなく、他のヨハネの手紙U・V、それにヨハネによる福音書とヨハネの黙示録も書きました。
 この手紙は、おそらく紀元90年前後に、エフェソ(トルコ)周辺のキリスト教会とクリスチャンたちに宛て書かれたと考えられます。
 2.目撃者による証言:一世紀の終わり頃には既に救い主イエスさまについて、違うことを主張する人たちが現われていました。そこでヨハネは、「初めからあったもの、わたしたちが聞いたもの、目で見たもの、よく見て、手で触れたものを伝えます。」(1節)と自分自身が目撃し体験したイエス・キリスト救い主について書き送ったのです。直接3年間イエスさまと共に過ごし、最も身近で教えと御業を見聞きし、何より十字架と復活を目の当たりにした本人が書いているのですから、これ以上に確実なことはありません。ヨハネはただイエスさまの目撃者だっただけでなく、この手紙を書いた時もずっと霊でイエスさま、神様と交わっていました。この交わりが永遠の命の中で生かされることそのものです。
 3.光の中で歩むこと:永遠の命に生かされることとは、光であられる神様のその光の中を歩むことです(5節)。イエスさまご自身も、「わたしは世の光である。わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ。」(ヨハネ8章12節)と言われました。イエスさまは言葉が肉体を取ってこの世に来られた神様です。そこで、いまの私たちは、聖書の聖句に魂が養われ生かされるならば、光の中で生きることになります(詩編119編105節参照)。光に照らされるならば、人生の障害物もはっきり見て避けることも出来ます。
 4.罪の赦しと悔い改め:光の中で生かされるには、ひとつ通らなくてはならないことがあります。それが、罪の赦しを得ることです。神様の光に照らされるならば、人生の障害物だけでなく、自分の罪も見えて来ます。
 イエスさまはその罪全部をなかったことにしてくださるために十字架で死んでくださいました。私たちには、罪を認めて告白するだけで、十字架の血による赦しの道がさし出されています(9節)。この赦しをいただくところから、永遠の命の歩みが始まります。
 今週も日々気づかされた罪は悔い改め、内側が解放されて、主の栄光を現わす歩みに使わされましょう。
 (参考聖書箇所:詩編119編105節、ヨハネ8章12節、Tヨハネ5章13節)

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『主の知恵によって国を治めたソロモン』

2018/07/15 12:00
2018年7月1日主の日礼拝メッセージ要約
聖書    列王記上4章1〜20節  
メッセージ   『主の知恵によって国を治めたソロモン』   
メッセンジャー  田中文人牧師
 最も幸せな人生とは、どの様に生きることでしょうか?聖書によるならば、主の知恵に生かされることと言えます。その知恵のはじめが、「主を畏れること」です(箴言1章7節)。では、主である神様を畏れかしこみながら、その知恵に生かされることとは、具体的にはどの様に生きることでしょうか?
 1.先代の良いところを受け継いだソロモン:ソロモンは名実共にイスラエルの王に認められました(1節)。いよいよ国を治めるために彼の手腕が発揮される時が来ました。ですがソロモンは、すべてを新しくしたのではありませんでした。先代の父ダビデ王の治世で御心に適っていた人材(ツァドクの子アザルヤ、ヨヤダの子ベナヤ他)はそのまま高官に残し、要職に当たらせました(2〜6節。何よりも神様の御心を知るために、信仰深かった父ダビデの時からの祭司たちをそのまま残したところに、主の知恵によって国を運営していたことが表わされています。先代の良いところを受け継げたのは、ソロモンが主の前に謙り、多くの民を治める知恵を神様に願っていたからです(T列王3章9節)。
 2.改革もしたソロモン:ソロモンは先代そのままを受け継いだだけではなく、改革も行いました。それが、国を十二の地域に分け、ナタンの子アザルヤを知事の監督に置いたことです。これによって、各地域は、年に1カ月間、税金をソロモンに治めることになりました。国全体では1年中絶えることなく安定して税が治められますから、国民も食料に困ることなく、平和に生活出来る様になりました(20節)。
 3.本質にしっかり立って作り変えられることを恐れず:ソロモンに与えられていた知恵は、本質をしっかり受け継ぎ、そこに留まらず、改革を進めたことと言えます。私たぢにとって本質は、聖書の御言葉を「誤りなき神の言葉」とすることです。初代キリスト教会から受け継がれ、告白し続けられて来た信仰を受け継ぐことともいえます。その視点で、『使徒信条』に表わされている信仰の内容は、いまでも繰り返し確認し、告白し続けることが大切です。
 そこにしっかり立って、本質ではないところを見分け、変化を恐れず、日々新しく御心に沿って作り変えられましょう。本質ではないことに拘らず変えられていくならば、自由にされます。本質は土台です。土台がしっかりしているならば安定します。安定しているうえに自由に生きられるのですから、これ程のびのびした人生はありません。喜びにも満たされます。その様な人生が、主の知恵に生かされる歩みです。今週も、主の喜びに満たされながら、主の栄光を表わす働きに遣わされましょう。
 (参考聖書箇所:)詩編96編2節、箴言1章7節、〃3章7節)
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