『永遠の命を伝えるために』 

2018年11月25日 主の日礼拝メッセージ要約
聖書    Ⅰヨハネの手紙5章13~21節  
メッセージ   『永遠の命を伝えるために』   
メッセンジャー  田中文人牧師

 7月8日から読み始めたヨハネの手紙Ⅰも最後のまとまりになりました。今日もしっかり聞き取り、この書を読み終え、今週の歩みに遣わされましょう。
 1.キリスト信仰の確信:1)「永遠の命を得ていることを悟らせたいため」(13節)=これは、この書の中心聖句で、筆者の使徒ヨハネが受け取り人である小アジアのキリスト信仰者たちに最も伝えたかったことです。罪を認め、その許しを請うならば、どの様な罪も十字架の血で赦され、なかったことにしていただけます。イエスさまは、事実十字架から三日目に復活され、死にさえも打ち勝たれ、私たちの復活の初穂(第1号)になってくださいました。このイエスさまを「私の救い主」と信じているならば、誰でも永遠の命の約束が与えられています。そこにしっかり確信を持つように、ヨハネは励ましています。
 2)「御心に適う祈りは必ずかなえられる」確信(14節)=ここで「確信」と訳されているギリシャ語には、神様に何でも遠慮なく語ることが出来る自由さという意味があります。創造主、父なる神様に何でも申し述べる自由が与えられています。これ程感謝な神様との対話は他にあるでしょうか?
 ただし、御心に適う内容の祈りが聞かれ、実現されます。その内容が「死に至らない罪を犯している」人たちの祈り(16節)=聖霊を冒涜していない人たちのための祈りです。
 キリスト信仰に確信を持つことと、いま自分が至っている信仰を絶対化することとは違います。私たちは生かされている間、完全になることはありません。イエスさまのことも、聖書の内容もすべてを知り尽すことは出来ません。その点では、日々示された罪は悔い改め、新しくつくり変えられる必要があります。「聖書は誤りなき神の言葉」を土台にした研究の成果は、取り入れていくことも大切です。ですが、上記の信仰の確信は、何があっても揺らいではなりません。
 2.「わたしたちは知っています」(18~20節):上記に確信を持つと言っても難しさを感じるかも知れません。そこでヨハネが18~20節で3回繰り返している「私たちは知っています」によく耳を傾けましょう。
 1)クリスチャンは罪を犯さないこと(18節)=こう言われると、ますます難しさを感じるかも知れません。ですが、ここは、この世のあらゆる誘惑にも打ち勝たれたイエスさまが、いつも共にいてくださるので、悔い改めるならばすべて赦され、誘惑からも守られるという意味です。
 2)この世全体は悪いものの支配下にあること(19節)=イエスさまを信じたときからキリスト信仰者は天国に属する天の住民です。ですが、生きている間は罪のこの世に遣わされています。イエスさまが守ってくださるところに感謝しながら、主の栄光を現わす歩みを願い出ましょう。
 3)真実な方を知る力を与えてくださっていること(20節) = 聖書を聖霊の導きを願って読むとき、御言葉を通して救い主を知ることが許されます。
 今日からの一週間、日本バプテスト連盟では「世界祈祷週」です。この永遠の命を伝えるために各地に遣わされている宣教師とご家族、それらの地域のために祈り、献げましょう。偶像から離れるところにこそ(21節)祝福があります。
 (参考聖書箇所:マルコ16章15節、ヨハネ17章3節)

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