『再臨への備えⅠ = 信頼と忍耐』

2012年3月25日の「宣教」から
『再臨への備えⅠ
= 信頼と忍耐』
聖書 ルカによる福音書
第21章1~19節
宣教者 田中文人牧師
この章には、ある貧しいやもめが2レプタ(最少額)の献金をしたこと(1~4節)と、終末について、イエスさまが教えられたこと(5~38節)が書いてあります。今回私たちは、この章を2回に分けてメッセージを聞き取ります。
1.イエスさまから祝福されたやもめの献金
イエスさまは、エルサレム神殿で、婦人たちが献金をしている様子を見ておられました。金持ちの婦人たちは、献金箱にお金を投げ入れていました(1節)。ところが、あるやもめは、2レプタを献金しました(2節)。レプタは、新約聖書に出て来る最小の貨幣です。1レプタは、当時の日当の128分の1と言われています。いまから二千年前のユダヤ教では、1レプタの献金は認められず、2レプタから献げることになっていたそうです。そこで、このやもめは、認められていた最少額を神殿に献げたことになります。ところがイエスさまは、「この貧しいやもめは、だれよりもたくさん入れた。」と言われました(3節)それは、このやもめにとって、2レプタが生活費の全額だったからです(4節)。
イエスさまが見ておられたところは、やもめの信仰です。このやもめは、その生活費全部を心から感謝し、喜んで神様に差し出していました。いくら生活費全部を献げても、不平を言いながら、しぶしぶ献金していたとするならば、イエスさまからこの様には言われなかったでしょう。その様な献金が出来たのは、このやもめが、心から神様を信頼していたからです。2レプタを献げてしまえば、明日どころか、今日の次の食事をするお金も手元にはなくなります。ですが、「神様は、生きて働いておられ、間違いなく、私の生活の必要を満たしてくださる。」というところに信頼していたのです。その信仰が、生活費の全額を献げるところに現されたといえます。
私たちも同じ様に、神様に自分の「全生活」を委ねましょう。そして、神様から献げるように告げられている分、あるいは、神様に献げることを約束した分は、喜んで差し出しましょう。神様は、私たちの内側を見ておられます。
2.終末とは
ところで私たちは、「終末」や「世の終わり」と聞くと、どの様なことを思うでしょうか?この21章全体でイエスさまが教えられたことによく聞くならば、終末は、この世の終わりではないことがわかります。終末は、イエスさまがもう一度この世に来られる時です。その時、死者は復活し、皆、イエスさまの前に立たされます。そして、生きている間に、イエスさまを「私の救い主」と信じていたかどうかが問われます。信じていた人は、新天新地(完全な天国)に迎え入れられます。信じていなかった人の魂は、永遠に神様、イエスさまと断絶されるところに定められてしまいます。それが、「最後の審判」です。ですから、イエスさまを信じている人にとって、終末は、恐ろしい時ではありません。ついに、完全な天国に迎え入れられるときですから、最大の希望です。
3.終末は大逆転の時(5~19節)
その天国は、この世とは正反対の価値観に支配されます。例えば、2節のやもめの様に、この世では、極貧の生活をしていたとしても、心から神様に信頼する信仰生活をしていた者が、大きく祝福され、重んじられます。逆に、1節の婦人たちの様に、神様は信じていても、有り余る中から献金を投げ込む様な信仰ならば、天国では末席に定められてしまいます。イエスさまは、人々が見とれていた壮大、壮麗なエルサレム神殿が跡形もなくなる日が来ることを告げられました(5~6節)が、このことを通して主は、この世の価値観が壊れ去り、神様の基準が到来する日が来ることを教えられたのです。
4.終末の前兆
この様に聞いて来ると、その様な「大逆転」は、いつ、どの様なことが起こった後に実現するのかと、問いたくなります。人々もイエスさまにそのことを尋ねました(7節)。イエスさまは、それに答え、いくつかの前兆を告げられました(8~17節)。偽預言者が現れ、「終末は近い」等と言います。地震や戦争のことも耳に入ります。ですが、惑わされてはなりません。天体も揺れ動きます。しかし、その前に、クリスチャンが迫害され、家族等からも裏切られます。それらが「すべて」起こってから、イエスさまはこの世にもう一度来られます。
5.完全に守ってくださる神様(18~19節)
そこで、私たちが信頼したい聖句が18、19節です。イエスさまをしっかり信じ、神様に全生活を委ね、毎日神様に栄光を帰す歩みを続けているならば、魂は確実に完全な天国に迎え入れられます。たとえ、殉教したとしても、魂が滅びることはありません。ですが、労苦はあります。そこで、やはり、忍耐は必要です。その忍耐は、ただ、じっと我慢するということではありません。身の周りで起きている現象に惑わされず、慌てないことです。そして、最大の希望であるイエスさまの再臨を望み見ながら、大逆転の時を楽しみに、霊の備えをしていくことです。また、証しの生活に励むことです。
年度末を迎える今週、この一年度の恵みをたくさん数えて感謝しましょう。そして、再臨を心から待ち望みながら、次週の主の日から始まる新年度に向かいましょう。
(参考聖書箇所: ヘブライ10;33~19)
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