『どんな時でも輝いていたステパノ』
2015年7月12日のメッセージから
聖書 使徒言行録(使徒の働き)第6章1~15節
メッセージ 『どんな時でも輝いていたステパノ』
メッセンジャー 田中文人牧師
誰しも、同じ人生ならば、やはり、輝いて生きていきたいと思っていることでしょう。その輝きは、外見ではなく、内側から出て来るものでありたいとも願っているのではないでしょうか?召されるまで、その様に輝いて歩み続けられるならば、最高の人生であることは間違いありません。どの様にすれば、輝いた一生を歩み通せるのでしょうか?
1.初代エルサレム教会の課題解決のために用いられたステパノ
ステパノという人については、今日の6章と次の7章に記されているくらいで、それ以上のことはわかっていないとされています。彼は、イエス・キリストを自分の主と信じていたキリスト信仰者でした。また、霊と知恵が与えられ、人々からも評判の良い人物でした。
この時、エルサレム教会では、ギリシャ語を話すやもめたちに十分食事が行き渡っていないという課題がおきていました。この課題の解決のために、信仰と聖霊に満たされた七名が選ばれ、使徒たちから手を置いて祈られ、課題解決の働きに任命されました。その中の一人が、このステパノでした。
2.誤解されても輝いていたステパノ
上記1.の様に人々から重んじられ、課題解決のために用いられている時、ステパノが輝いていたことは、よく理解出来ます。ですが、8~15節には、そうでなかった時も彼が輝いていたことが記されています。
ステパノは、恵みと神様からの力にも満ちていました。それにより、キリストの福音を人々に伝え、多くの御業も行っていました。
ところが、解放された奴隷の会堂で福音を伝え、モーセの律法と神殿のことで人々と議論した時、誤解され、議会に訴えられてしまいました。ステパノの知恵と霊に彼らが勝てなかったからです。ですが、偽証人まで立てられて最高議会に引き立てられた時でもステパノは、天使の様に輝いていました(15節)。
3.私たちも輝いて生きるために
私たちもステパノの様に、状況が良い時でも、悪い時でもかわらず輝いて生きることは可能です。
ひとつは、何といっても、イエス・キリストの十字架の血による罪の赦しをしっかりいただくことです。罪責観や罪悪観から解放されますから、平安で満たされます。そして、イエスさまが死者から復活された事実を信じ、永遠の命の約束にあずかることです。死への解決が与えられますから、喜びに満たされます。クリスチャン人生を始めること、それが、輝いて生きる第一歩です。
ふたつ目は、私たちも神様の知恵を願うことです。その知恵は、神様を畏れることです。心からの畏敬の念を持ちながら、毎週規則的に礼拝しましょう。
三つ目に、主の霊で満たされることです。キリストを信じた時から、聖霊の宮にされますが、気がつくと古い自分が顔を出してしまうのが、私たちの実態です。聖書から罪に気付かされ、日々悔い改めながら、常に聖霊で満たされる歩みを願い出ましょう。
輝いて生きる人生とは、主に栄光を帰す歩みです。自分や人の栄光ではなく、主にのみ栄光を帰すことを願うならば、神様は、この世の中で、キリスト信仰者を地の塩、世の光の働きに立ててくださることは、間違いありません。
参考聖書箇所 箴言1;7、フィリピ2;13~16、Ⅰコリント10;31
聖書 使徒言行録(使徒の働き)第6章1~15節
メッセージ 『どんな時でも輝いていたステパノ』
メッセンジャー 田中文人牧師
誰しも、同じ人生ならば、やはり、輝いて生きていきたいと思っていることでしょう。その輝きは、外見ではなく、内側から出て来るものでありたいとも願っているのではないでしょうか?召されるまで、その様に輝いて歩み続けられるならば、最高の人生であることは間違いありません。どの様にすれば、輝いた一生を歩み通せるのでしょうか?
1.初代エルサレム教会の課題解決のために用いられたステパノ
ステパノという人については、今日の6章と次の7章に記されているくらいで、それ以上のことはわかっていないとされています。彼は、イエス・キリストを自分の主と信じていたキリスト信仰者でした。また、霊と知恵が与えられ、人々からも評判の良い人物でした。
この時、エルサレム教会では、ギリシャ語を話すやもめたちに十分食事が行き渡っていないという課題がおきていました。この課題の解決のために、信仰と聖霊に満たされた七名が選ばれ、使徒たちから手を置いて祈られ、課題解決の働きに任命されました。その中の一人が、このステパノでした。
2.誤解されても輝いていたステパノ
上記1.の様に人々から重んじられ、課題解決のために用いられている時、ステパノが輝いていたことは、よく理解出来ます。ですが、8~15節には、そうでなかった時も彼が輝いていたことが記されています。
ステパノは、恵みと神様からの力にも満ちていました。それにより、キリストの福音を人々に伝え、多くの御業も行っていました。
ところが、解放された奴隷の会堂で福音を伝え、モーセの律法と神殿のことで人々と議論した時、誤解され、議会に訴えられてしまいました。ステパノの知恵と霊に彼らが勝てなかったからです。ですが、偽証人まで立てられて最高議会に引き立てられた時でもステパノは、天使の様に輝いていました(15節)。
3.私たちも輝いて生きるために
私たちもステパノの様に、状況が良い時でも、悪い時でもかわらず輝いて生きることは可能です。
ひとつは、何といっても、イエス・キリストの十字架の血による罪の赦しをしっかりいただくことです。罪責観や罪悪観から解放されますから、平安で満たされます。そして、イエスさまが死者から復活された事実を信じ、永遠の命の約束にあずかることです。死への解決が与えられますから、喜びに満たされます。クリスチャン人生を始めること、それが、輝いて生きる第一歩です。
ふたつ目は、私たちも神様の知恵を願うことです。その知恵は、神様を畏れることです。心からの畏敬の念を持ちながら、毎週規則的に礼拝しましょう。
三つ目に、主の霊で満たされることです。キリストを信じた時から、聖霊の宮にされますが、気がつくと古い自分が顔を出してしまうのが、私たちの実態です。聖書から罪に気付かされ、日々悔い改めながら、常に聖霊で満たされる歩みを願い出ましょう。
輝いて生きる人生とは、主に栄光を帰す歩みです。自分や人の栄光ではなく、主にのみ栄光を帰すことを願うならば、神様は、この世の中で、キリスト信仰者を地の塩、世の光の働きに立ててくださることは、間違いありません。
参考聖書箇所 箴言1;7、フィリピ2;13~16、Ⅰコリント10;31
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