有明キリスト教会ブログ--今週の聖書の言葉

アクセスカウンタ

zoom RSS  『裁きとあわれみの神』

<<   作成日時 : 2017/06/11 17:53   >>

トラックバック 0 / コメント 0

2017年6月11日主の日礼拝式メッセージ要約
聖書    サムエル記下第12章15節後半〜31節 
メッセージ  『裁きとあわれみの神』
メッセンジャー  田中文人牧師

 「旧約聖書に示されている神様は裁きの神」「新約聖書に示されている神様は愛の神」と受け取っているところはないでしょうか?キリスト信仰の神は、ただ一人(唯一様)です。そのご性質は、愛と慈しみであると共に、裁き主でもあられます。つまり旧約聖書にも愛と慈しみのご性質は表わされており、新約聖書にも裁き主のご性質が表わされています。

 1.自らの罪の刈り取りをしたダビデ:預言者ナタンからバト・シェバとの姦淫の罪と、彼女の夫ウリヤを戦死させた罪を指摘されたダビデは、すぐに悔い改めました。神様は、ナタンによって赦しを宣言され、ダビデの罪は赦されました。ですが、その刈り取りは、やはりしなくてはなりませんでした。それが、ふたりの間に生まれた息子の死でした。このことをダビデはどの様に受けとめたでしょうか?

 2.心を注ぎ出して祈ったダビデ:ナタンが告げた通り、息子は瀕死の病に罹りました。この時ダビデは、その子のために断食し、引き籠って七日間、周囲の者たちが心配するほど真剣に祈り続けました。この時ダビデは、ただ息子の癒しを願ったのではありませんでした。いま一度自らの罪を悔い改める中で、心を注ぎ出し、神様と人格で交わったのです。

 3.祈りの結果を受け入れたダビデ:彼の必死の祈りの結果は、ナタンが告げた通り、息子の死でした。ところがダビデは、息子の死を知ると、礼拝をし、着物を着替え、食事を取りました。喪に服すのでなく、日常の生活に戻ったのです。周りの者たちは大変驚きました。彼がこの様に出来たのは、息子の魂は確実に主の御もとで安らいでおり、ダビデもいつか同じところに行き、再会出来るところに希望が与えられていたからです。
 上記2.と3.は、やはり信仰の人ダビデの姿です。私たちも祈る時には、心を注ぎ出し、人格で主と交わりましょう。キリスト信仰の祈りは神様との対話です。その祈りの結果、願った通りにならないこともあります。ですが、それで神様は私たちを見捨てられたのではありません。心から主と交わろうとする者には「万事を益」にしてくださいます(ローマ8章28節)。そこに信頼し、さらに祈りましょう。

 4.主の慈しみ:神様はダビデとバト・シェバの間に、4人の子どもを与えられました。その一人がソロモンです。この息子を主は愛されナタンによってエディドヤ(主に愛された者)とも名付けられました。また、ラバとの戦いの勝利を将軍ヨアブの手柄ではなく、ダビデのものにされました。後継ぎが与えられ、周りの国に勝利したことは、イスラエルの国の王ダビデにとっては、神様からの大きな慈しみであり恵みでした。
 このダビデの家系から救い主イエス・キリストがお生まれになりました。全人類を救う神様のご計画と愛は、人には計り知れません。この愛に感謝して、今週も主の栄光を現わす歩みに遣わされましょう。

 (参考聖書箇所:マタイ18章14節、Tヨハネ1章9節〜2章6節)

月別リンク

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
 『裁きとあわれみの神』  有明キリスト教会ブログ--今週の聖書の言葉/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる